明日の千葉を見つめて
活動日記
東日本大震災の被災地調査①
11/05/04

 今日から3日間、東北地方の被災地の調査を行います。
 3月11日に大震災が起きて以来、私にできることは何なのかということの自問自答を繰り返しておりました。旭市でのボランティアに参加したり、街頭で募金活動などをしましたが、いずれは東北地方に行き、被災者の方を励ましたり、お役に立てることをしたいなとずーっと思っていました。ただ、選挙が終わっても、残務整理や通常業務などで現地へ行けるようになるのはGW中ぐらいかなぁと漠然と思っていたところでした。そういったところへ投票日の翌日に大学院の同期で東京都議会議員の早坂さんから、GWに一緒に東北行きませんかというお誘いがありましたので、即参加の返事をさせて頂きました。
 当初はボランティアをする予定でしたが、参加メンバーが政治家や行政、大学に所属する方々だったので、「どこか1か所に滞在して、瓦礫除去を手伝う」のでなく、「広く被災地を見て回り、その場所々々で出来ることがあればその都度、支援する」つまり「調査研究プラス可能な範囲でのボランティア」として目的が変化し、最終的には現地ボランティア活動を長期間していた参加メンバーの一人から、短期間のボランティアはかえって迷惑になる可能性が高く、現地のニーズも日々変わっているという指摘を受けたことから「調査視察」が主要目的に切り替わりました。『私が議員としてできることは、現地で得たものを千葉市にフィードバックすることである』と思っておりますので、かえって「現地調査」に目的が変わったことは正しかったのかもしれません。
 
 8時に新宿で集合し、バスで被災地に向かいました。最初の訪問先は、登米市の保健センターです。ここは、東京災害ボランティアネットワーク(東災ボ)の基地となっており、現地での活動状況などを意見を交換するため、東災ボの上原事務局長のお話を伺いに行きました。当初の予定では、14時半に着く予定でしたが、所々で渋滞し、路面状況もあまり芳しくないことから、1時間強遅れてしまいました。それでも上原事務局長は快く受け入れて下さり、さらにはわざわざ南三陸町戸倉地区の避難所のリーダーまで呼んで下さいました。
 ここでは、メディアを通じて得ることのできない生の話を聞くことができ、それだけでも今回参加した意義があります。特に衝撃的だったのは、「同じ場所に住みたくない」という発言でした。この言葉は大事で、その方も仰っていましたが、復興計画を策定するにあたり、宅地や商業地の住み分けをした都市計画も必要になってくると思いますので、このような被災者の意見を踏まえた計画づくりにしてもらいたいものです。
 その他にも被災をしてから避難所での生活までの細かいお話を聞くことができ、我々の防災計画の見直しに役立ちそうです。

 保健センターでの意見交換終了後、上原事務局長のアテンドで南三陸町の被災地に向かいました。出発間際に地区のリーダーの方が「天国から地獄が見えるよ」と発言をされましたが、まさにその言葉通りで長閑な風景から一転して、がれきの山が広がる無残な光景が目に飛び込み、一同言葉を失いました。
 RIMG0031.JPG 写真は、避難所の一つである志津川中学校からの風景です。津波で線路まで持って行かれ、どこに何があったのかわからない状態です。瓦礫撤去も行っていますが、寄せるのが精いっぱいで、まだまだ時間を要しそうです。

 その後、支援物資の供給基地になっているベイサイドアリーナに行きました。ここは南三陸町の仮庁舎もでき、外には診療所、ボランティアセンター、自衛隊の重機置場になっており、まさに基地という感じでした。
 しかしながら、中へ入ると廊下に避難者の方々が段ボールの間仕切りで生活しており、肝心のアリーナには支援物資の山になっておりました。まだまだ環境は劣悪であり、早期の改善が望まれます。

 初日の報告は以上です。