明日の千葉を見つめて
活動日記
レベルが低い
11/09/10

 本日、鉢呂経済産業大臣が野田総理大臣に辞表を提出し、受理されたとのことです。記者会見も行われたようですが、側聞すると非常に荒れた会見になったようです。

 家に帰ってきてネットをチェックをしただけなので、会見の模様などや辞任に至った経緯は詳しくわかりませんが、心証としては「レベルが低いな」と感じてしまいました。誰に対してか。それは、関係者全員です。

 今回の発端は、鉢呂大臣が福島へ視察した後に行った会見の場で述べた「死のまち」という発言が不適切だとの批判から始まりました。その後、記者とのオフレコ懇談会で言った「放射能をつけてやる」発言が致命的になったようであります。

 しかし、この発言は不適切なのでしょうか?確かに住んでいる方々や被災された方々を傷つける発言かもしれません。そういう意味では不適切な発言ですが、現状認識としては私は間違いではないと思います。「死のまち」だからこそ、どう復興させるか。このような「まち」にしてしまって、どう責任を取るのか。これが大臣をはじめ、国の責務であるのは誰も異論はないと思います。つまり、言葉というのは必ず前後の文脈があるわけで、仮にどんなに言葉巧みに話しても想いを皆まで伝えるのは至難であります。そこに行間を読む能力や以心伝心という言葉があるわけで、単なる言葉尻を捕まえることは、「言葉狩り」「言論封鎖」に過ぎません。これまでも失言問題で多くの大臣が辞任してきました。このままいけば、大臣は自由な発言ができなくなってしまいます。ミスは誰にでもあります。そのミスを今後にどう活かしていくか。これが大事であって、ミスを恐れていては大胆な政策はできないと思います。

 それから一番ひどいのはオフレコの発言を取り上げることです。確かに今回の発言は冗談にしてもレベルの低い話ですが、このオフレコの話が外に漏れるようでは、記者のモラルもレベルもここまで落ちたかと残念でなりません。

 さらに、この程度の問題で辞表を提出する大臣、そして受理する総理大臣も大臣という職務をどう考えているのでしょうか。そんなに軽いものなんですかね。きっと今後の国会運営を考えたら賢明な判断なんでしょうね。でも、それは、あくまで内輪の論理。所詮、その程度の考えしかないから、それが政治姿勢に現れ、発言が軽くなり、記者や野党から突っ込まれるのです。そして、最終的にはその姿勢は政策に現れます。結局、一番不幸になるのは国民じゃないですか。

 もっと危機感をもってもらいたいものです。

 今回は、愚痴っぽくなってすいませんでした。