明日の千葉を見つめて
活動日記
2011年10月

未来を創るコンクリート
11/10/31
 今日はコンクリート系の公務が2つほどありました。
 一つはJR千葉駅駅舎・駅ビル建て替え工事の起工祝賀会と、もう一つは首都圏中央連絡自動車道建設促進会議の総会です。

 前者については、新聞報道等で皆様もご存じの通り、千葉の玄関口、JR千葉駅の駅舎・駅ビルの建て替え工事についてで、本日、安全祈願祭が滞りなく無事終了し、その後、京葉銀行プラザにおいて関係者を招いての起工祝賀会が開催されました。
 現在の千葉駅は、1963年(昭和38年)に開業し、今年で48年目です。当然、築後50年も目前に迫り、施設老朽化や耐震性など安全面での不足が目立ってきており、建て替えの話も結構前から出ておりましたが、ようやく施工業者も決まり、本格的な事業が着手されます。
 建て替えの大きな目玉は、現在地上6階地下1階延床面積約27000㎡から地上7階地下1階延床面積約70000㎡へと大幅に増床し、橋上化によって天井が高く開放的なコンコースとなり、東口と西口が同じフロアで接続でき、さらにモノレールともほぼ同レベル(3階)で接続できることであります。これによって、駅によって分断されていた北口、弁天口、西口、東口の地区のスムーズな往来ができるようになり、モノレールも下がって上がってという心理的な負担が減り、利用者の増加が見込まれます。まさに街と一体になった便利な駅として生まれ変わり、今後のまちづくりの進展や市街地の活性化に寄与することは間違いないと思います。
 詳細については、JR東日本のホームページのプレスリリースの9月6日の定例社長記者会見の「千葉駅 駅舎・駅ビル建替え 本体工事の着手について [PDF/738KB]」を参照して頂きたいと思います。(JRの規約により直リンは禁止されています。)
 新駅舎の開業は2016年の夏ごろ、駅ビルの全面開業は2018年の春ごろを予定しております。だいぶ先のような気がしますが、駅を営業しながらの建て替えですから時間がかかるのは致し方ないと思います。それでも新工法の導入によって工期を短縮したようです。
 オープンが少しでも早くなるよう期待していますが、まずは事故がないよう安全に工事を進めて頂きたいと思います。

 後者は、いわゆる圏央道についての建設促進会議のことで、道路が通る東京都、神奈川県、埼玉県、茨城県、千葉県、横浜市、千葉市、相模原市の関係8都県市及び圏央道の建設促進に賛同する80市町村で組織されており、総会は今年で20回目を数えます。
 式次第は、以下の通りです。
 1 開  会
 2 会長挨拶  横浜市長 林 文子
 3 来賓挨拶  参議院国土交通委員長 岡田 直樹 様
 4 来賓紹介
 5 意見発表  社団法人 八王子青年会議所 理事長 平井 康晴 様
           常総市坂手工業団地連絡協議会 会長 淺井 俊雄 様
 6 決議(朗読)  千葉県 県土整備部長 小池 幸男
 7 次期会長選出
 8 閉  会
 来賓としては、参議院の国土交通委員長、岡田直樹氏が挨拶に立たれましたが、その中で、3.11以降、自民党がよく使っているフレーズの「人の命を守るコンクリートというものもあれば、人の生活を守りそして豊かにしていくためのコンクリートというものもこれは当然必要である」という発言が非常に印象的でした。
 また、意見表明ではそれぞれの地域においての圏央道の必要性が訴えられ、地域の特性を知ることが出来ました。
 なお、千葉市の工事個所は、緑区小食土町地先の400m程度なんですが、千葉県全体や千葉市民の利便性の向上のためにも事業の早期完成を望むものです。
 ちなみに、次期会長には千葉市が選出され、市長の代理として建設局長が挨拶をしました。

 民主党政権は「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げましたが、コンクリートは単なる手段に過ぎず、コンクリートも最終的には人に帰結するものです。そして、私は今回のようなコンクリートは、人々に明る未来を提示する「未来を創るコンクリート」だと思っています。しつこいようですが、両事業が無事故な上、早期完成を望むものです。
 



ジェフ激励会
11/10/30
 今日は千葉市議会スポーツ振興議員連盟でジェフユナイテッド市原千葉の激励に行ってきました。本来ならもっと早く行っているのですが、今年は震災の関係でJリーグの日程も大幅にずれ、議会の日程等と併せて調整したところ、J1への昇格をかけて一番盛り上がるこの時期にしようということになりました。
 試合前は、Jリーグ昇格圏内の3位との勝ち点差は5。開始直前にはその3位のコンサドーレ札幌が3-0で勝ったとの情報が入り、しかも相手はジェフと3位圏内を争う徳島ヴォルティス。完全に負けられない試合となりました。
 議連は、試合開始前に三木社長と10月21日に就任したばかりの神戸清雄新監督にスポーツドリンクを差し入れ、激励しました。監督は試合前ですから早々に退出されましたが、三木社長からは監督の交代についての経緯や今後への意気込みを語って頂きました。是非その熱い想いを試合にぶつけて欲しいと思いました。
 試合は前半の最大の山場として、深井選手が単独で切り込み、PKを奪いましたが、キーパーのファインセーブで惜しくも阻まれました。この辺りから流れが悪くなり、ちょっとヴォルティスに押され気味になったと思います。
 後半は、完全にヴォルティスペース。69分にコーナーキックから西嶋選手にあわされ失点。このコーナーキックも相手をフリーにさせてしまい、いい体制からシュートを打たれてのものですから、ちょっと集中力が落ちていたのかもしれません。
 この後、ジェフは久保選手とオーロイ選手、米倉選手とファンゲッセル選手を入れ替え、パワープレイを仕掛けますが、相手の守備に阻まれ、得点にはつながらず、そのままタイムアップ。本当に痛い敗戦です。
 全体的に見ると、慎重というかすごい消極的に感じました。周りからもバックパスをする度にため息が漏れていました。もう後がないのですから、もっと積極的に攻めるべきと思います。攻めて負けるのと守って負けるのとでは全然意味が違います。それにやっぱり相手チームの方が反則やラフプレーが多かったですが、それは勝ちたい気持ちの裏返しなわけで、気迫でも圧されていた感じがします。
 いずれにして、残り5試合。勝ち点を計算しても仕方がありません。全勝目指して頑張って頂きたいと思います。



科学フェスタグランドフィナーレ
11/10/29
 10月1日から始まった「千葉市科学フェスタ2011」は、今日のグランドフィナーレを持ちまして、無事閉幕しました。
 オープニングイベントでは、大槻教授をお招きしてのパネルディスカッションを行い、ご自身の実体験やいくつかのアンケート結果を基にして、これからの日本の科学教育や科学館のあり方などについて示唆に富んだ非常に良いお話を聞くことが出来ました。日本は科学技術水準は人材や技術を見ても世界でもトップレベルにあるが、国民全体の科学リテラシーは先進国の中でも下位にあるという指摘は、あながち間違っておらず、耳の痛い話でしたが、この言葉を真摯に受け止め、千葉市民の科学リテラシーの向上にむけ、今後も邁進して参りたいと思いました。
 また、8~10日までは、千葉市科学館でメインイベントが行われ、実験、工作、最新技術の紹介など25を超えるブース出展、防災を題材にしたサイエンスカフェ、さらには、中学、高校の科学クラブの発表会が行われるなど、多くの市民が楽しみながら、科学に触れることができたと伺っております。特に、市内企業の世界に誇れる技術としてモノベエンジニアリングさんの「交換の要らないろ過装置」や東日本大震災の瓦礫撤去で活躍した坂戸工作所さんの「油圧式アタッチメント」が展示され、市内企業にもこんな技術力のある会社があるんだということを知っていただくいい機会になったのではないでしょうか。今回の科学フェスタの目的には「市民の皆さんが、日常生活の中で科学・技術を身近に感じることができる」ことが謳われておりますが、まさにこういった市内企業の科学技術力の素晴らしさを知ることによって、より身近なものに感じられたのではないかと思っております。今後もこういった機会を増やしていければ幸いです。
 以前のエントリにも書きましたが、今日で一応、科学フェスタは終わりましたが、期間外にも様々なサテライトイベントが12月まで目白押しになっています。もし、都合がつけば是非参加してもらいたいと思います。

 最後に多大な協力を頂いたJSTにはこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
 



中国(呉江市、天津市)公式訪問5日目
11/10/28
 何とか無事に帰ってきました。何だかんだで日本はやっぱり落ち着きますね。それにやっぱり携帯がないという生活は不安というか、何となく落ち着かない感じがしますね。いかに携帯に依存してるかがわかりました。充電器はやっぱり純正品を持っていこうと思った今日この頃です。
 
 それでは、最終日の報告をさせて頂きます。
 今朝は8時半に出発のため、8時15分までにチェックアウトを済ませました。まずは、昨日延期になった天津市人民代表大会常務委員会の肖懐遠主任(議長)との面談のため、一昨日調印式で訪れた迎賓館に向かいました。どうしても出勤時間と重なるため、非常に道路は混んでいます。余談ですが、ホテルの近くに天津市でも有名な小学校があって、天津市内の各地から車で送ってくるため、ホテルの周りは非常に渋滞するみたいです。ご多分に漏れず中国も学歴社会で出世するためにはいい中学校に入らなければならず、そのホテルの近くに小学校はその中学校への進学率が高いそうです。子どもを小学校に入れるために近くへ引っ越してきた方もいるようです。今回の訪問で感じたことは、日本のバブル時代によく似ているということです。是非中国政府もわかっているとは思いますが、日本と同じ轍を踏まないようにしてもらいたいものです。
 話を戻しまして、迎賓館では肖主任の他に張元龍副主任を始め10名以上の幹部クラスの方々が我々を出迎えてくれました。今回はいわゆる議会同士ということで、私が訪問団の代表として挨拶をしました。内容は差し障りのないものでしたが、これを機に議会同士の友好も深めあいたいと述べさせていただきました。面談時間は短く、セレモニーもあっさり終わってしまいました。
 その後、西青経済開発区(XEDA)に向かいました。西青経済開発区も国家級の開発区で、今回は千葉市から進出したWRIソリューション(以下、W社)への表敬訪問を兼ねて伺いました。
 まず、西青経済開発区を説明しますと、敷地面積150平方キロ、天津市の南部に位置し、天津市の中心城区から最も近い開発区で、人口は110万人を擁しております。日系企業が多い進出している地区で松下電器や武田薬品、ユニチャームなど110社が進出しています。
 今回訪れたのは、その西青経済開発区の中の賽達新興産業区という6.33平方キロのコアサービスエリアの南側部分です。2009年にオープンしたばかりで周りもまだ何も建っていません。そのためか、TEDAの勢いと比べると若干見劣りする印象を受けました。それでも市街地からは近いので今後発展することは間違いないと思います。
 まず、周家彪区長からこの開発区の概要を説明頂き、W社の事務所に移動し、業務内容などの説明を受けました。W社の会社概要についてはHP(←クリック)を参考にして頂きたいと思いますが、中国に進出したのは、中国に10万か所あると言われる炭坑内での危機等を察知するシステムを導入するためであります。すでに山東省煙台市でテストを終了しており、本格的導入を目前に控えております。今回のW社の中国進出は千葉市が天津市に紹介して実現したので、千葉市の実績第1号として、そして加曽利中の先輩として社長には頑張ってもらいたいと思います。
 
 公式訪問は以上で終わり、一行は一路北京空港へ。やっぱり渋滞していましたが、昼食を取らずに向かったので少し余裕をもって空港に到着することができました。しかし、北京空港は広大で、我々の搭乗口はモノレールで移動した後、一番端まで行き、さらにバスに乗ってタラップのところまで行くという惨いう仕打ち。その上、飛行機は搭乗後、1時間動かず、当然到着も遅れ、さらにターミナルに接続するまで20分近く掛り、なんだかんだで空港出るのは23時近くになってました。
 
 この5日間、結構ハードなスケジュールでしたが、非常に内容も濃く、得るものが多かったです。今回の訪問で得たものを何とか千葉市にフィードバック出来るよう、検討していきたいと思います。



中国(呉江市、天津市)公式訪問4日目
11/10/27

 今日も9時にホテルを出発しました。今日の予定は、まず人民代表大会常務委員会表敬訪問を行い、その後、天津市内の各施設を訪問する予定だったのですが、主任(議長)の都合により明日へ変更になりました。また、天津市内の視察についても、基本的には完全に天津市にお任せで、直前までどこに行くのかわからなかったのでちゃんと整理できているか不安があります。

 まずは、天津市都市計画館を訪れ、天津市全体及び中心地区の都市計画を概要を説明頂きました。呉江市もそうでしたが、やっぱり今後の都市計画を市民や対外的にプレゼンするためにも、このような都市計画館は必要だと感じた次第です。

 天津市の市域は11919平方キロで、日本の市とは比べ物にならない大きさです。人口も1000万人を大幅に超えております。中心城(中心街)だけでも378平方キロで470万の人口を抱えているので、千葉市よりも圧倒的に大きいです。

 都市計画の特徴としては、もともと塩田やアルカリ性汚染土壌地域だったところを開発することからエコを意識した都市づくりになっております。そして、海河を中心として街が構成されております。まだまだ開発途上ですが、日本とは比べ物にならないくらい圧倒的なスピードで整備しているので、2年後に来たら、全く違う都市になっているのではないでしょうか。

 そして、国家級の開発地区である濱海新区に向かい、まずTEDAの行政センターに行き、ここでもTEDA内の都市計画について映像とミニチュアで説明頂きました。ここは凝っていて3Dの映像もあったのが印象的です。

 TEDAを簡単に説明しますと、天津経済技術開発区(Tiajing Economic-Technological Development Area)の略で、中国語表記は泰達となります。1986年に中央政府から許可された中国最初の国家レベル開発区の1つです。総面積は2270平方キロとなっています。日本の感覚で言うと、天津市が県で、TEDAは泰達市と考えた方がわかりやすいのかもしれません。TEDAの開発地区は、東区、西区、現代産業区、逸仙科学工業区、微電子工業区、そして新たに開発している南港工業区の6つの地区から成り立ってます。

 投資環境としては、九通一平というハード面のインフラがあげられます。九通とは、道路、水道、電気、排水、蒸気、ブロードバンド、暖房、郵便、ガスで、一平とは平らに整備された土地のことです。さらにソフト面のインフラとして、情報、市場、法規、資金、施設、物流、人材、技術、サービスの新九通を挙げています。ちなみに、呉江市の投資環境は七通一平でした。

 説明を聞いていると、特に南港工業区に力を入れている感じでした。南港工業区は計画面積が200平方キロで既に半分程度の埋め立てが完了しており、一部開港しております。メインは重化学産業となっておりまして、区域内には石油の備蓄施設もたくさんあります。

 次に説明を聞いたのがMSD(現代サービス産業区)です。ここは、金融、貿易、物流、情報及びコンサル関連の現代サービス産業が集積しており、今後は香港資本の新世界グループの資本で、513mのランドマークタワー周大福濱海センターが整備される予定となっております。

 一通りの説明が終わった後、天津経済技術開発区管理委員会の張軍副主任と意見交換を行いました。張副主任は、南港工業区と環境保全を担当しています。意見交換でも今後の課題は、南港工業区への誘致企業と環境保全の問題だと仰ってました。意見交換後も場所を移して食事をとりながら引き続き意見交換を行いました。環境保全問題については、結構深刻な問題なようで、こっちのデータを渡すから今後も話を続けましょうという提案を頂けました。

 昼食後、天津市の1号店、イオンモール天津TEDA店を視察しました。商品構成は中国向きになっていましたが、商品の陳列方法やテナントの配置方法などはほとんど日本と同じで、3階にはシネコンも備えております。店長も仰ってましたが、単なる価格勝負では勝てないので、日本のクオリティを売りにし、中間層よりやや上の所得層をターゲットにして他の外資系スーパーと差別化を図ったようです。実際に進出する際は周りに何もできていなくて成功するか不安だったようでしたが、しっかり人口も張り付き始め、予定通り利益を挙げているようであります。来年の4月には2号店がオープンするようです。

  その後、天津濱海新区中心商務区、通称CBDに行きました。ここも海河を挟んだ区域で、まだまだ開発途上の地区です。金融、行政、商業を中心とした地区で、新宿を参考にした地下街が特徴となっており、第1区のビル14棟を一気に工事しているところです。既に地下街の造成は終わっているとのことでした。ここもすごい発展をしそうです。なお、日本の資本が入っているのは、オークラの出資している中国国内最大級のコンベンション施設でした。非常に特徴的な中国の古来の貨幣をモチーフにしたデザインとなっています。施設で相変わらずミニチュア模型で概要を説明して頂いた後、外の工事風景を見ながら説明を受けました。

 そして、現地視察の最後は、天津東彊保税港区です。ここは濱海新区開発解放の重要なランドマークエリアで、天津港の重要な構成部分となっています。まだ埋め立て途中で、今後の計画を一通り説明頂いた後、目玉施設の一つである今年一部開港した旅客船ターミナルを見学してきました。既にオープンしてしまったので、岸壁までは見ることはできませんでしたが、かなり大きなターミナルでした。

 そして、一気にホテルに戻り、天津市の任副市長はじめ、各部署方々に集まって頂き、熊谷市長が千葉市のプレゼンを行いました。呉江市とは違い、経済交流に重点を置いた形となっております。

 最後に、答礼のレセプションを行い、今日の一日が終わりました。

 答礼のレセプションに参加して頂いた副秘書長は非常に社交的な方で、来年千葉に来ることを約束して帰りました。特に天津市でもコンベンションホールの経営が課題となっているようで、幕張メッセの経営状況について非常に関心を示していました。

 

 今日は本当に充実した日でした。ブログには書ききれませんが、ここで得たことを千葉市にうまく反映できるようにしたいと思います。

 

PS.今日のマリーンズのドラフトは最高でしたね。藤岡投手を引き当て、外れ1位候補だった中後投手も2位で指名でき、ひそかに狙っていた鈴木内野手も3位で指名できました。興奮して寝れなそうです。(笑)




中国(呉江市、天津市)公式訪問3日目
11/10/26

 昨日と同じ8時45分にロビーに集合し、9時にホテルを出ました。

 まず、呉江市汾湖経済開発区を視察しました。この開発区は、上海に隣接した地区で虹橋までは高速道路で30分の立地であります。5つの鎮が合併して汾湖鎮を形成し、区域面積は258平方キロ、人口は23万人で今後の計画人口は40万人を想定してしています。区域の3分の1が湖となっているが、太湖で調整しているため、1998年以来水害はないようであります。特徴としては、蘇嘉杭道路が縦断し、上海からチベットまで通じている318号が横断しており、今後はG50線が整備されると益々利便性が高まるという交通の要所となっていることで、また上海に隣接していることから上海の市外局番も取得できるなど、分譲金額も上海に近い金額になっております。元々それぞれの鎮で開発をしていたため、開発区域も少なく工業団地は既に分譲済みで、今後は行政センターの周りの中心地区に金融などの都市機能を集積していきたいとのことでした。

 行政センターで説明を受けた後、バスで開発区域内を視察。確かに水辺に面している物件が多く、非常に良好な環境だと実感しました。

 一通り視察した後、上海虹橋空港に向かいました。道路もそんなに混んでいなく、虹橋空港には予定通り12時に着きましたが、中国の国内線はよく遅れると聞いていた通り、やっぱりいきなり15分の遅れがありました。昼食をとりながら待っていましたが、どんどん遅れて結局は1時間程度遅れてしまいました。

 天津到着後、早速市政府の担当者が出迎えて頂き、国賓級待遇でホテルまで送って頂き、時間もないので、すぐに迎賓館に向かいました。迎賓館で、天津日本人会の荒木会長らと合流し、早速調印式へ。黄興国市長と熊谷市長からの挨拶の交換後、覚書に調印。あっさりと調印式が終わりました。

 そして、レセプションへ。ここでも市長同士の挨拶、記念品の交換が行われ、そのまま開演しました。私は黄市長の隣に座ったのですが、黄市長へ挨拶する方が多く、ゆっくり話ことができませんでした。予定が押していたので、レセプションもあっさり終わってしまいました。ひとつ報告するとすれば、私は、サッカー協会の会長として、天津市体育局の謝副局長と少年サッカーの交流しましょうと約束したことぐらいです。あと、びっくりしたのは、たまたま私の地元の加曽利の方がレセプションの場に居てびっくりしました。息子さんが天津に会社を設立したので来たと仰っていましたが、本当に世の中は狭いなぁと実感したところです。

 この後、天津市の取り計らいで、渤海に注ぐ海河をクルーズしました。天津の街は見事にライトアップされていて素晴らしかったです。

 今日は、こんな感じで移動が多かった日でした。




中国(呉江市、天津市)公式訪問2日目
11/10/25

 昨日早く寝たお陰で今朝は早く目が覚めましたので、とりあえず昨日書けなかったブログを書きました。その後、シャワーを浴びて朝食へ。そして、朝食後、軽い運動を兼ねて、近くを散策してきました。

 まず気になったのは歩道の整備状況で、見た目の上ではきちんと整備されていますが、日本のインターロッキングと違って実際歩いてみるとアンジュレーションがすごいです。まあ、石畳だと思えば、そんなに気になりませんが。

 それから、こちらのスクーターの動力はほとんど電気モーターのため、すごく静かで後ろから近づいてきてもわかりません。クラクションをビービー鳴らすのはそういう注意喚起からなんだと思います。ちなみに免許はいらないので、ノーヘルですし、2人乗りは当たり前で、3人乗りしている人も見受けられます。

 車もアグレッシブで、歩行者を優先しようという気はありません。歩行者も堂々と信号無視をしていていつ事故が起きてもおかしくないような気がします。私もぼーっと歩いていたら、今朝の散歩だけでも2回ほどひかれそうになりました。車も頻繁にクラクションを鳴らしますが、車やスクーターなどを抜かすときにクラクションを鳴らすようです。きっとこれも注意喚起の意味ですね。決してせっかちで鳴らしている感じではないです。また信号のない十字路やT字路で鳴らす人もいました。ただ基本的に譲り合う精神は薄いようで、左折する時(大陸なので右側通行)やホテルの入り口で道路を横切ろうとするときは、隙を見て突っ込んでいき、強引に車の流れを止めます。その際にはクラクションで怒られます。(笑)そんなこんなで散歩をしていて景色を見るより、中国の交通事情を観察することに意識がいってしまいました。

 

 まず、9時から呉江市経済技術開発区事務所を訪問。杜建華副主任から説明を受けました。この経済技術開発区は1998年に江蘇省の指定を受けて開発を行ってきましたが、2010年に国家級の指定を受けたそうです。コアとなる産業はIT産業、建機などの製造機器で、今後力を入れていくのが光ファイバーなどの新素材だそうです。市内にはアメリカ、ドイツ、台湾、韓国、日本の工業団地があり、古くからある工業団地は免税になっているところがあります。また、市内には5つの五つ星ホテルがあり、この開発区内にはそのうち3つあるそうです。ちなみに我々が泊っているホテルもその1つです。

 

 次に、日立光電有限公司を視察。まずパワポを用いて、董事総経理(社長)から会社概要について説明。ちなみに社長は園生小、小中台中出身で、親御さんや妹さんも未だに稲毛に住んでいるとのことでした。会社の英文名はHitachiElectronicDevices(Wujiang)Co.Ltdで略称はHEDW(ヘッドダブリュー)、2002年に茂原の日立Displaysと台湾のAUDEXとの外資合弁会社という形で会社が設立されました。従業員数は約860名、出身地の構成を見ると中国全土から来ており、平均年齢も23歳と結構若いです。今年の3月にCCFL生産累計が4億本を達成しましたが、TFT液晶の製造については、エコポイント終了、震災による部品の供給ストップ、LEDの台頭といった様々な要因により減産体制を余儀なくされているそうです。

 この地で会社を設立した理由として、まず電子部品は国際競争力が求められるため、コストを抑えられるような場所で工場を作らざるを得ず、いくつか候補地が挙げられてきましたが、最終的にはパートナーである台湾のAUDEXの存在、そしていわゆる二免三減という5年間の税制のインセンティブがあったことが決め手となったそうです。また、当時は中国では電力供給が不安定でしたが、優先的に供給してもらえるといういことも要因の一つだそうです。

 雇用問題に関しては、労働争議は隣の蘇州ではあったが、呉江では起きなかったようであります。その大きな要因は台湾企業が間に入っていることもあるようです。日本企業だけだとどうしても交渉しやすいということから狙われやすいとのことですが、呉江市は町全体で台湾資本が強いので、労働争議が起きないのではないかということでした。むしろ問題は辞める人が多く、雇用の維持が難しいことだそうです。毎月10%が入れ替わっているようであります。

 日本の産業の空洞化を防ぐには、残すべき産業をしっかり精査して、例えば太陽光発電などとは、設置費用に補助金を出すのではなく、開発段階から支援してコスト競争力を持たせないといけないのではないかという意見も出ました。

 今回、色々な話を伺って、千葉市も企業誘致策にあたっては、単なる税制面の支援だけでなく、進出企業の不安をどう払しょくするか、また競争力をどう持たすことができるか考えなければいけないなと感じました。特に、信用できるビジネスパートナー探しが大変で、そのマッチングも大きな課題だと思います。また、事業の転換点の支援や安定した人材の供給など、もう少し進出企業のニーズ調査を行い、有効な誘致策を展開していってもらいたいものです。

 説明後、工場見学をさせて頂きましたが、あえてオートメーションのフルライン化はしてないようです。結構進出企業が見落としがちなことのようなんですが、日本から最新の設備を入れると結局メンテナンスは日本の技術者がやらなければならないし、初期投資も多額になって全くコスト削減につながらないとのことでした。むしろどうしても必要なところだけ機械化してあとは現地の人に任せる方がフレキシブルな対応もできるし、メンテナンスも現地の人で対応できるし、ラインを全て止める必要もないので、最終的にはコスト削減にもつながるようです。確かに考えてみれば当たり前の話ですが、意外と見落としてしまうのかもしれませんね。こんな感じで少し予定時間をオーバーしてしまいましたが、非常に勉強になりました。

 

 次は、市役所の1階にある都市計画館を訪問。これまでの都市計画や今後の都市計画などを模型や映像を使って説明頂きました。4つの大きな都市計画区域があり、太湖沿岸の松陵地区、南の昔からの盛澤地区、少し小さな黎里地区、同里鎮で有名な同里地区に分かれています。特に松陵地区は新たな新都心の計画で、コンベンションセンターや国家級の迎賓館、ゴルフ場などが計画されているようで、設計は日本の岸和郎事務所が入札で落札したようです。話を聞いているとまだまだ詰めなければいけないところもあるようですが、映像や模型を使っての説明には説得力があり、日本も学ばなければならない点が多くあります。せめてどの都市でもやっているのですが、市民への説明責任を果たすために、今後の千葉市の都市計画がわかるような模型や資料の展示はしてもらいたいものです。

 

 午前中の視察の最後は、呉江市博物館で、時間がないので、4階にある姉妹都市の展示室だけ見学しました。そこには、千葉市だけでなく、呉江市が姉妹都市提携を結んでいる都市の概要や贈呈品が飾ってありました。以前もここを訪問したことがあるのですが、松戸先生はこういう場を千葉市も作ってもっと姉妹都市をアピールすべきだと言っていたのを思い出しました。そんなにお金がかかることではないので、市役所の1階に簡単な展示場を設置してみたらいかがでしょうか。

 

 昼食は、ホテルへ戻り、千葉市主催の答礼レセプションを行い、呉江市からは徐副市長、張副議長、除副議長が参加されました。呉江市は徐という名字が多いみたいですね。いまいち中国の制度がわからなかったのですが、基本的に人民代表常任委員会がいわゆる日本の議会に相当するのですが、主任(議長)や副主任(副議長)は人民政府の要人を終えた人がなるケースが多いとのことです。つまり政府の仕事をよく知っているので、チェック機能を果たすこともできるし、逆にサポートもしているようです。むしろ、後者の方がメインかもしれません。さらによくわからないのが中国人民政治弁商会議というもので、これは共産党ではない野党の組織で、共産党のチェック機関のようです。通訳の説明だと日本の衆議院と参議院みたいなものでどっちが偉いということはないそうなんですが、共産党の天下りが多く、厳密な非共産党連合ではないようです。ということで、あんまり理解はできませんでしたが、いずれにしても私みたいな30代の人間が議長をやるのは相当珍しいみたいですね。

 その他、呉江市の今後の課題について聞いたのですが、やはり一番は環境問題で、張副議長はゴミの問題を、除副議長は水質汚染の問題を取り上げていました。やはり経済発展には環境問題が付き物ですね。それからどうしても食糧問題から畑を確保しなければならないので、開発できる土地が限られてきたことも課題に挙がっていました。具体的な対策は採られていないようですが、今後はこれらの課題解決に一生懸命取り組むとのことでした。

 

 午後は、呉江市の会議センターにおいて、観光関係者への千葉市の観光的な魅力のプレゼンを行いました。23社34名の参加者があり、それなりの興味はあるようですが、プレゼン終了後の質疑応答は誰からも手が挙がりませんでした。課題の一つとして、パワポによる言葉だけの説明だけではどうしても通訳が入り、間延びするとともに、イメージが伝わりにくいということがあります。まずイメージを伝えるにはPRビデオを作成し、映像で見せることが大事だろうと日本側の参加者から意見がでました。私も同感ですので、是非PRビデオの作成をお願いしたいものです。

 

 プレゼン終了後、空き時間を利用し、同里鎮の世界遺産を見学。そして、同里鎮にある同里湖大酒店ホテルで行われるフランス食の祭典開会式に参加しました。この祭典は、呉江市の友好都市フランスのブールゴワン市との共催事業で今年で4回目の事業だそうです。開会式では多くの方から祝辞があったのですが、熊谷市長以外は、フランス語と中国語だけだったので、何を言っているかさっぱりわかりませんでした。 開会式終了後、音楽とフランス料理を堪能したのですが、やっぱり呉江の人たちは、昨日の引き続きカンぺカンぺの熱烈歓待で今度はワイン攻めに遭いました。ワインは初期化しにくいのでつらいです。

 ちなみに私の前に座っていたのは、ブールゴワン市のジョセフさんで、どうもこの方が仕掛け人のようです。しかし、フランス語→中国語→日本語の二重通訳なので、いまいち会話が弾みませんでした。せめて英語ぐらいはしっかり話せるようになりたいものです。

 わかったことは、ブールゴワン市もシルクの産地でそのつながりで呉江市と友好都市になったこと、ジェセフさんはアートと食の関連の専門学校の経営者で、今回の事業のために卒業生や生徒を引き連れてきたということだけです。すいません。

 

 ホテルに戻ってからは、ホテルのオーナーの張氏との意見交換を行いました。張さんはロス在住の台湾人(国籍はアメリカ)で、本職は靴屋さんなんですが、ホテルを6つ経営し、その他にも広東料理屋や家具屋などを経営する多角経営者です。日本が大好きで、日本で水耕栽培をやりたいと我々に申し出てきました。色々とハードルは高そうですが、張氏の発想やバイタリティに敬意を表し、少しでも協力できればと思っております。

 

 そんなこんなで2日目も無事(?)終了しました。




中国(呉江市、天津市)公式訪問初日
11/10/24

 今日から28日まで中国の姉妹都市である呉江市、天津市との経済的な交流を深めるため、市長を団長とする公式訪問団を結成し、私も副団長として参加しました。参加メンバーとしては、商工会議所から副会頭2人、国際委員長、常務、副主幹の5名が、市役所から市長、経済部長、市長公室長、国際交流課長、経済企画課主査、そして通訳(国際交流課嘱託職員)と私を含め7名が名を連ねています。

 8時50分発の便だったため、空港に6時50分に集合し、カウンターの受付開始と同時にチェックインしたので、一番前の席になりました。ちなみにエコノミークラスです。当然、旅費を出来るだけ圧縮するという意図があったのですが、機材が小さかったのでビジネスクラスも値段の割には別の搭乗になるわけでもなく、座席もそんなに広くなかったので、エコノミーにして正解だったと思います。(特に相手市からの空港での歓迎もなかったということもビジネスクラスにしなかった理由の一つに挙げられます。)

 そんなこんなで、上海浦東空港に定刻通りに到着。上海はあいにくの雨でした。

 空港近くのホテルで食事を採った後、バスで一路呉江市へ。久しぶりの中国ですが、車窓からの雰囲気はあんまり変わらなかった印象です。もちろん建物は増えていますが。ただ、ひとつ気がついたのは、以前より植樹をしているということです。つい最近植えたような若い木々が整然と並んでいました。まあ、日本的な感覚からすると少し木々の間を詰め過ぎのような気がします。木が大きくなったら、うっそうとしてしまうのではないでしょうか。余計なお世話ですけど。(笑)

 1時間半程度で、今回の最初の目的地、呉江市に定刻の15時(日本時間16時)ちょうどに到着しました。ホテル到着後いきなり、市長代理、人民代表会議常任委員会主任(議長相当にします)を始め、外事弁室長などに加え、ホテルのオーナーから熱烈な歓迎を受けました。ホテルの従業員から拍手での出迎え、さらに花束まで頂いてしまいました。ちょっと面食らった感じになりましたが、こういうホスピタリティは大事ですね。

 部屋で少し休憩した後、呉江市役所を公式訪問しました。車窓から見た呉江市は私が以前に来た時とは全く違う市になっておりました。

 前回の訪問時は工事の真っ最中で、ほとんど高い建物はなく、歩道もあまり整備されていませんでしたが、今回は大型マンションやショッピングセンター、そして今回チェックインしたホテルなどが建ち並び、歩道も沿道にしっかり植栽するなど、中国の発展を象徴するかのような整備ぶりでした。添乗員の話ですと、このホテルが建っているところも経済開発地区で10年前ぐらいから開発が開始されたようです。80平方kmを開発し、現在約800社を誘致。最初は台湾の電子機器産業が多かったようで、日本からは松戸のマブチモーターが最初に立地したとのことです。

 そして、到着した市役所も3年前に建てたばかりで、非常に立派なものでした。

 まずは、徐明呉江市共産党委員会書記(前市長)から挨拶を頂き、熊谷市長からも挨拶。簡単な意見交換の後、合意書に調印する調印式を行いました。(調印したのは市長代理の梁一波氏で、呉江市の市長は徐明氏から変わったばかりで、正式就任は今後になるようです。)

 なお、徐明氏の挨拶の中で、15年前に姉妹都市を結んだ時は、市のGDPは100億元程度で、現在は1000億元と10倍になったことや中国大陸のベスト県級市では第5位になったといっていました。(1位は聞き漏らしましたが、上海、蘇州、北京に次いでの5位ですから、すごいと思います。)その他のランキングでも上位に入っており、経済、文化の両面で高い評価を受けていることを強調していました。

 その後、会場を移して、レセプションとなったわけですが、事前説明では職員の食堂をレセプション会場にするという話を聞いていたので、市の地下食堂みたいのを想像していましたが、ホテルのようなしっかりとしたダイニングホールだったので、ちょっとびっくりです。

 レセプションはお察しの通り、「カンぺ!(乾杯)」「カンぺ!」の嵐で、紹興酒を何杯飲まされたかわかりません。私以上に市長は飲まされていましたが、結構平気な顔をしてましたね。帰りは、さすがに経済企画課の主査以外は全員グロッキー。私もレセプション最中に何度となくトイレに駆け込み、初期化を試みましたが、なかなか完全な初期化はできず、ホテルに着いてブログ書こうと思い、机に向かいまいましたが、そのままダウンしてしまいました。(ということでこれを書いているのは朝です。)

 特に徐明書記は飲ませ上手で、ガンガン注いできましたし、議長同士ということで範建坤氏からは何度もカンぺさせられました。ちなみに範主任は、以前は副市長で、私が訪問したこと覚えてくれていました。飲みながら、さらなる友情を誓いあい、日本にも呉江市の企業が進出するようお願いしました。呉江市はシルクが有名で、シルク以外にも化学繊維も扱い、紡績産業が盛んです。その他にも中国で唯一上場しているエレベータの会社があるようです。

 

 ちなみにホテルはちゃんとネット環境が整っていました。ただ、ツイッターには接続できないようですね。回線が遮断されて、結構悪戦苦闘してしまいました。




大安はイベントが多い
11/10/23
 今日は、NPO法人日本むし歯予防フッ素推進会議及び千葉市歯科医師会主催の第35回むし歯予防全国大会に参加してきました。この全国大会は、フッ化物を用いたむし歯予防法を広く周知するとともに、正しい知識と利用の普及を進めるため、昭和52年に始まったそうです。本市での開催は、昭和58年の第8回大会以来、28年ぶりとなるそうです。
 ちなみに、千葉市の3歳児の、1歳6カ月児一人平均う蝕歯数、3歳児う蝕有病者率はともに政令市の中で下から3番目で、全国的に見ても下位グループに属します。
 この要因の一つに挙げられるのが、以前行われていたフッ化洗口事業が昭和63年ごろに中止になったことであると思います。当時の経緯を詳しく知っている方は少ないようですが、ある議員が相当の反対運動をしたと側聞しております。当時は、まだフッ化洗口の副作用の有無についてあまり実証されておらず、当局も明快な反論ができなかったのではないかと思います。
 しかしながら、現在ではフッ化物を応用したむし歯予防対策は、広く理解されており、我々も歯科医師会の勉強会などで、その実績を何度も伺っております。是非、当局においては、早期の復活を望むものです。

 その後は、中央銀座でのちば和太鼓フェスタ、きぼーるでの起業家支援フェスタ、恒例のJEFまつりに参加して参りました。その他にも地元のイベントにいくつか顔を出させて頂きました。やっぱり大安はイベントが多いですね。こういったイベントを通じて千葉市がもっともっと元気になることを望みます!


追記:明日から中国へ出張します。ブログの更新できる環境でしたら更新しますが、もしかしたら、帰国後、まとめて更新するかもしれません。


 



日本商工会議所青年部関東ブロック大会
11/10/22
 今日は久々に日本商工会議所青年部(以下日本YEG)の行事に参加してきました。
 2007年に千葉で全国大会を行った際に私は実行委員長を仰せつかったのですが、同時に日本YEGにも出向させて頂きました。その後も大会会長の山内さんに付き添う形で、山内さんが会長に就任した09年までの3年間出向させて頂き、普通では行かないような地域を訪問させて頂いたり、委員会運営や事業を通して本当に貴重な経験をさせて頂きました。特に多くの仲間との出会いは私の財産となっております。
 しかしながら、昨年はほとんど都合がつかず、今年も全く予定が合わなかったので、なかなか旧交を温めるチャンスがなく、非常に歯痒い想いをしておりました。
 ようやく今回の関東ブロック大会に参加できることになり、多くの仲間に会えたことは本当に嬉しかったです。これからもこの仲間たちを大事にしていきたいと思います。



諸々(少々手抜き)
11/10/21
 今日は、来客やレクが多く、午前中から何だか押せ押せになってしまいました。
 お昼に千葉県市議会議長会の総会があり、先週理事会で協議した内容について全会一致で可決されました。終了後は、懇親会を行いましたが、来客のため、途中退席させて頂き、その来客対応後も担当課からのレクが2本、会派総会、事務局との打ち合わせをこなし、夜はJCの臨時総会、千葉県サッカー協会の理事会、そしてYEGゴルフ同好会への参加とさすがに疲れました。というか、ゴルフ同好会は全く仕事ではないので、敢えて行く必要ないんですけど、何となく運動不足解消のために行って、余計な体力を使ってきました。(笑)
 ということで、今日はこの辺で。




腑に落ちる
11/10/20
 今日は、朝のモーニングセミナーに始まり、昼の内外情勢調査会、そして夜のJC例会と講師のお話を聞く機会が多く、非常に勉強になりました。

 千葉市中央区倫理法人会のモーニングセミナーは、首都圏副方面長の高橋哲也研究員をお招きして、「いのち燃やして」というテーマでご講演頂きました。
 社団法人倫理研究所では、毎年、中国のモンゴル自治区内の砂漠を緑化するため、年3回「砂漠緑化隊」を派遣しております。この緑化隊は砂漠を緑にしたい!」という思いをエネルギーに行動した遠山正瑛博士の考えに共鳴して行ったいるもので、遠山博士の77歳にして、まさに「いのちを燃やして」砂漠緑化に取り組む姿勢に感動しました。
 今回は、この遠山博士の話から、この緑化隊に参加した会友の息子さんの話になりました。昔からレスリングの猛者として知られていた彼が挫折し、自暴自棄の生活をしていた中で臨死体験をし、もう一度人生を取り戻そうとまじめに学校に通い始め、その時に騙されるような形で参加した「砂漠緑化隊」の中で、両親の愛情の深さを知ったという話でした。うまく伝えることができませんが、希望を持って進むと道が拓くことができると感じたいい話でした。

 内外情勢調査会は、文化庁長官の近藤誠一氏をお招きして「文化:日本復活の鍵」というテーマでご講演頂きました。普段、内外情勢調査会については、千葉支部の勉強会だけ参加してきましたが、今回は文化庁長官の講演ということで、もしかしたら加曽利貝塚の世界遺産登録について少しでも話す機会はないかなという安易な思いから今回の本部の勉強会に参加した次第です。しかし、会場入りしてびっくり。1000人の以上の参加者がおり、参加者も黒塗りで送り迎えさえるような方々ばかり。講師に話しかけるような雰囲気は一切ありませんでした。千葉支部と同程度の規模を考えていた自分が本当に恥ずかしいです。
 しかし、安易な動機で参加した勉強会ですが、非常に内容はよく、我々が朧げながら感じていたことをうまく言葉にして頂いたという感じで、まさに「腑に落ちる」という感じを得られました。
 以下、要点をメモ書きしておきます。

・日本ではまだまだ文化芸術に対する地位が低い。(ex.会社の残業を切り上げ、オペラを見に行くというと白い目で見られる。)
・文化芸術は余生を楽しむもの程度の扱い。
・しかし、文化芸術で経済力をますことができると確信している。(因果関係は証明できないが。)
・まず、文化芸術の効用の1つに、他人の感動(悩み、祈り等)を共感できる。
・人には感動を表現し、共感したいという欲望がある。
・ラスコーのクロマニヨン人の壁画が素晴らしい。
・ある文化人類学者は、ネアンデルタール人は共感力がなく絶滅したが、クロマニヨン人は共感力があり繁栄したという。
・文化や芸術は神や自然への感謝や畏敬の念を表現しようとするものである。
・効用の2つに、生きる力、希望が湧いてくる。感動すると体にいい作用を及ぼす。
・落語は癌に効く。アメリカでは笑いが糖尿病に良いという話もある。
・効用の3つに、コミュニケーションが広がる。コラボレーションの力が湧く。
・ブレア政権では政策として文化芸術を通じて移民の方々を社会に取り込むことをした。
・社会に取り入れる過程で新しい文化が生まれる。
・効用の4つに、観光資源になる。
・効用の5つに、国際力が増す。(クールジャパン、クールブリタニアなど)
・これらの5つの力が活かされているのか。実際に需要があるのか。
・内閣府の調査では、徐々に国民は心の豊かさを求めつつあるとの結果が出ている。特に高齢者層に多い。
・日本には多くの資産がある。
・人材も豊富で、国際的な賞を獲っている人が多い。(ノーベル化学賞受賞者がアメリカに次いで2位)
・有形無形の文化遺産も多い。
・禅は中国で滅びたが、日本では現在でも800年間伝承したお坊さん(名前を聞き洩らしました)の誕生日を祝っている。感謝の念を忘れない。
・茶道も中国で滅びたが、日本では洗練され、独自文化として伝承している。
・海外では祭りなどの無形文化遺産は戦争などで滅びているものが多い。(日本は海外から侵略がなかったため残っている。)
・日本は自己表現力は低いが、他のイノベーションが高い。
・需要と供給は確実にある。では何故、それらがつながらないのか。
・文化庁もアートマネジメントを行っているが、まだまだ。
・まずは発想転換。
・自治体も芸術文化にもっとお金をかけるべき。
・さて、世界はどうか。金融危機。株価の乱高下。先進国も経済が不安定。アラブの春。有限資源の枯渇。
・17世紀から、民主主義、市場経済、科学技術の3つのメカニズムが主役。
・制度疲労が起き、民主主義はポピュリズム化し、重大な課題に取り組めない。市場経済は自分だけ良ければよいという個人主義に。科学技術が現在の原発問題を引き起こしている。
・システムが悪いのではなく、使い方が悪い。自分の欲望だけで使っていないか。思い込み、過信があるのではないか。メカニズムに任せていればよいという過信もないか。
・やはり使いこなす能力(倫理、規律など)が必要。
・そこで、芸術文化の5つの力が必要になってくる。
・それによって、よりそれらのメカニズムが有効に働く。
・文化的素養を身につける。
・これは日本だけの問題でなく、世界も同様。
・3.11:神(自然)は何を伝えたかったのか。
・3.11はそれらの過信に対する警告だった。
・人間の思い上がりに対する警告は昔からあった。人間の賢しらの戒め。(ex.バベルの塔(旧約聖書)、渾沌(荘子))
・9.11も警告だと言われていたが、何か変わったか。何も変わっていない。空港のセキュリティが厳しくなった程度。
・日本の文化特性にはまず一つに「自然観」が挙げられる。西洋文化との大きな違いで、人間といえども自然の一部にしかすぎない。
・「共生」という言葉があるが、これは別々のものが共に生きることであるため、「共生」では不十分。
・二つに「曖昧さの受容」がある。白黒はっきりさせない。善か悪か、敵か味方か。能の「八島」や芥川の「蜘蛛の糸」のように単純な二元論でなく、善人にも罪があり、罪人にもいいところがあるという話が日本には古くからある。
・三つに「絶対的な平和思想」がある。生きとし生けるものが極楽浄土にいけるよう中尊寺金色堂を建立したり、能の「敦盛」では敦盛の首を獲った熊谷直実が出家するなど侍にも平和観があった。
・四つに「異なった文化を昇華し、洗練する」特性がある。
・日本は少子高齢化など「問題先進国」と言われているが、これからの日本の復活は世界の先取りになる。「問題解決国」になるチャンス。
・世界の近代化は400年前から、その間に3つのメカニズムに歪が生じている。解決は難しい。
・日本の近代化は明治維新の150年前から。しかも元来持っている日本的な感覚が残っている。
・日本は西洋文化を導入し、失敗と成功を繰り返してきたが、日本の伝統にそぐわない。
・日本文化が世界で人気があるのはなぜか。
・サブカルは現代風にアレンジされているが、根底には日本文化的なものがある。何となく世界の人々も感じている。
・トトロは人気。自然との一体感の象徴。
・パラダイムを変える。
・失われた20年は産みの苦しみ。
・新しい文化を創造する。それぐらいの気概を持つ。それに力を与えるのが芸術文化である。

 以上のようにメモだけでは伝わりにくいですが、これからの時代は日本が世界をリードするような非常にスケールの大きな話が聞けて、何だか元気が出てきました。
 私も「スポーツとアートのまちづくり」を標榜しているのですが、今回の話のスケールの大きさに何だか自分の政策が矮小なものであるかのように感じてしまいました。ただ目指すべき方向性は間違っていないと思いますので、これからも自信を持って取り組んで参りたいと思います。

 最後に、社団法人千葉青年会議所の10月例会として、元杉並区立和田中学校校長の藤原和博先生をお招きしてご講演頂きました。 
 以下、またまたメモ書きをしておきます。

・つかみはさだまさしネタ。
・簡単な自己紹介。2003年から5年間の任期付き採用で民間校長に就任。現在は同じくリクルート出身のシロタ氏に引き継いでいる。
・当時の和田中は、生徒数169名の杉並区で一番小さい学校。統廃合の対象だった。
・現在は、約450名。成績も8年間上がり続けた。数学で去年区でトップになった。英語は5年前からトップ。国立と比べても遜色ない。
・元々問題の生徒も多い。
・虐待が多い→基礎学力の低下→全校で対応
・そこで、土曜てらこや通称ドテラ)を始めた。土曜の午前中に地域社会の方(主に教師志望の大学生)に先生をしてもらう。先生には部活と授業という本来の仕事に専念してもらう。
・ここでいい効果が生まれる。自信を持つと教える側に廻る。これがいい循環。
・逆に出来る子を伸ばすため、英語アドベンチャーコースを開始。土曜日に英語を3コマ足す。
・そして、夜スペ。夜の空き教室を塾として活用。当時はSAPIXが受託。
・裁判にもなったが勝った。
・都は生活保護世帯に補助を出すようになった。
・きちっとやると結果が生まれる。結果を出すのに時間がかかるというのは嘘。
・私の話はおとなしく聞かなくていい。
・授業で「わかる人?」と聞くとみんなシーンとする。
・高波、高潮、津波の違いを説明できるか。津波、津波と言っているが意外と知らない人が多い。
・去年発刊された岩波新書の「津波災害」によると、原因説で、高波は風、高潮は低気圧(引力は大潮で勘違いする人が多い。)によるもの。
・津波だけは決定的に違う。他のものは海面のだけで海底では何も起きないが、津波は水の塊が動く感じ。いわば大きな水鉄砲。
・では喪服は何故黒か。
・日本はかつて白だった。韓国も白。
・まず、明治天皇崩御の際、外国人が黒の喪服で参列した。しかし、民衆はまだ白だった。
・日本は現場(民衆)が強い。
・太平洋戦争で葬儀が頻発。貸衣装屋は白も黒も用意したが、クリーニング代が大変なので、汚れの目立たない黒になった。
・常識も1回疑わないとダメ。
・20世紀は成長社会。みんな一緒。「正解」主義。答えは1つ。情報処理力が求められる。
・21世紀は成熟社会。それぞれ一人一人。「納得解」正解はないので、誰が聞いても何できるような答えを出す。他人の知識や経験を編集する能力、情報編集力が必要。
・正解がないので、学校現場ではつらい。
・タイヤに付加価値を付ける。コスト、技術は度外視。
・わかる人と聞くと黙ってしまうのは、日本だけ。それは100%の回答をしようとしているから。これだと思考密度が低くなる。
・座禅のように黙っているのは考えない時。
・スレッドを立てることが大事。答えが進化する。修正主義。
・会議室では新規事業は生まれない。
・ブレストをする。ルールとしては、まずまともな案を言わない。言うと議論が終わる。そして否定しない。褒める。
・ブレストでチャットをするだけで、5秒前までは思いつかなかったようなことが思いつく。
・脳と脳がネットワークする。
・つなげる力がクリエイティブの力。
・こういう授業をしていると子どもたちがどうなるか。他者をリスペクトするようになる。他者がいて自分があることに気づく。
・タイヤが何故黒いのか。カーボンが入っているから。今後は色つきや夜行塗料入りなども出る。
・一気にみんな意見を聞くことは聖徳太子ではないので出来ないが、ネットを活用して一気に考えを送信してもらい、画面に出るような授業も実際に可能でやっている。
・総合学習と道徳の時間を使って大人と子どもが一緒に授業する。これによって地域の大人が学校の味方になる。
・運動会や飲み会に参加した程度では地域の大人は学校の本当の味方にはならない。
・情報処理力:情報編集力の授業を小学校で9:1、中学校で7:3、高校で5:5、大学で0:10にした方がいい。しかし、日本は大学でも詰め込み教育。
・まず一歩を踏み出すことが大事。

 以上です。
 ご講演後も懇親会に参加して頂き、色々と話を聞くことができました。
 実際に教師を味方にするには、一番嫌な仕事を引き受けたそうです。例えば、モンスターペアレンツ対策など。藤原先生がうまくいったのは、学校の先生を否定せず、むしろ本来の業務に専念してもらい、校長がバックオフィスの部分に専念したからではないでしょうか。
 
 今日の話は非常に参考になりましたので、我々も失敗を恐れず一歩を踏み出したいと思います。







学校統廃合について
11/10/19
  教育委員会から幸町第一小学校と幸町第四小学校の統合について、本日開催された「平成23年千葉市教育委員会会議第10回定例会」において統合が決定されたとの報告を受けました。今後は、平成25年4月1日の開校に向け準備を行っていくこととなったとのことです。
 本市では、学校の小規模校化や大規模校化によって生じる教育上・学校運営上の諸問題を解消するとともに、公平な教育環境を整え教育の質の向上を図るため、学校適正配置事業を推進しきました。
 これまでも、平成18年4月1日に花見川第四小と第五小を統合し花島小学校に、平成23年4月1日に高洲第一小と第二小を統合し高洲小学校に、真砂第一小と第四小を統合し真砂東小学校に、真砂第二小と第三小を統合し真砂西小学校に、真砂第一中と第二中を統合し真砂中学校にそれぞれ統合し名称変更してきました。
 今回も、地元の方々で構成された「幸町地区学校適正配置地元代表協議会」より「幸町地区の小学校統合に関しての報告及び要望書」が千葉市教育長に提出され、それを基にこの度の決定と相成りました。
 そもそもこの度の統合は、幸町第一小の平成23年度の生徒数が248人(10学級)で、第四小学校の生徒数が76人(6学級)で、将来的に見てもこの地区の小学生数の増加が見込めないこと、学校同士も隣接しており通学に大きな支障がないこと等が理由に挙げられます。今後は、隣接する幸町第二小学校の統合も視野に入れ、引き続き協議していく模様です。
 いずれにしても、統廃合においては、地元の意向を充分に考慮し、跡地利用についても同様に取り扱い、安易な結論を出さないよう望むものです。



市民の日
11/10/18
 今日は市民の日で、午後から記念式典を行いました。この式典はこれまで市政発展に多大なご尽力を頂いた方々に対する感謝の意を表する場として特別市政功労者、市政功労者の皆様方への表彰式を中心としたものとなっております。
 そもそもなぜ今日(10月18日)が市民の日となっているかといいますと、平成3年10月18日に本市が全国12番目の政令指定都市への移行の政令公布なされたことに由来しています。(実際に施行されたのは翌年4月1日からです。)
 この政令指定指定都市移行を記念するとともに、これまでの郷土の歴史を振り返り市民の郷土を愛する心を育むことにより、千葉市民の意識を高め、千葉市の将来の都市づくりを考える日としてこの10月18日を「市民の日」と定めることが平成7年12月18日に公示され、記念式典は翌平成8年度より実施しています。
 さらに、今年は市制施行90周年の年にあたり、その記念式典も兼ねております。その記念コンサートも併せて開催されました。
 しかしながら、本年が90周年であることも、本日が市民の日であることもあまり市民の皆様方に知られていないのが現状です。当然、学校が休みになるわけではありませんし、特段、市民を巻き込んだ大規模な事業をしているわけではありません。実は、この市民の日の前後には、市民の日を冠した事業を結構やっており、今回も初めての試みとして、ショートムービーコンテストも行われましたが、応募者も少なく、その表彰式も10月16日にきぼーるアトリウムで行われましたが、関係者以外どなたも出席していなかったのが現状です。
 この現状を打破するためには、本来の趣旨に基づいて、例えば学校において、10月18日に千葉市を考える日として、本市の歴史を調べて発表会を開くとか、これからの千葉市をどうすべきか議論してもらうとかしない限りはいつまで経っても市民の日は定着しないと思いますし、本来の目的も達成できないと思います。また、その他にも市民意識醸成事業補助金を設立し、公募型で行い、様々場所で何らかの市民意識醸成事業を行って貰うというのも市民の意識を高める方法の1つだと思います。
 いずれしましても、財政的に厳しく、大きな事業は出来ないかもしれませんが、知恵を使い、もっと本来の趣旨に沿った事業展開を図るべきだと思います。
 そして、10年後の100周年記念に向けていいスタートを切ってもらいたいものです。



保健消防委員会&第7回議会のあり方検討協議会
11/10/17
 本日は午前中に保健消防委員会、午後に議会のあり方検討協議会がありましたので、それぞれの概要を報告します。

 まず、保健消防委員会の審査項目は所管事務調査が1件で、これは第3回定例会中の常任委員会で我が会派が提出した「千葉市墓地等の経営の許可等に関する条例の一部改正」について所管の保健福祉局から意見を聴取した後、委員間討議をするものです。
 そもそもこの条例改正案は、
9月6日に採択されました請願の審査を通じて、今後も発生する可能性のある墓地の開発に関わる課題に対しては条例改正をしなければ解決できないのではないかと考え、請願を採択したこの委員会の提案による発議が相応しいという思いから、委員会発議によることを提案した次第です。
 改正の概要について説明しますと、宗教法人が墓地等の経営を行う際の許可基準を強化する他、許可申請の予定者に周辺住民等に対する事前説明を確実に実施させるため、墓地条例の一部を改正しようとするものであります。それぞれの条文については、他の政令市でも採用しているところもあり、実現可能性の高いものであると考えております。

 まず、許可基準の強化に関しては、宗教法人が新たに経営する墓地等は、原則、当該宗教法人の「主たる事務所」が存する境内地、又は隣接する土地で、かつ「所有権以外の権利が存しない自己の所有地」に限り認めることとしたいと考えておりますが、後者については大きな問題はないものの、前者については、当局から、既に従たる事務所で許可を得ている法人が拡張が出来なくなる恐れがあるという見解を示されました。これについては、今後、最も議論しなければならない点ですが、これを外すとほとんど効果が薄い条例改正案になってしまいます。そこで、共産党さんから1次提案として、相模原市と同様の「市内で10年以上の宗教活動が行われていることを明記すべき」との意見が出されました。同様の規定は江東区や荒川区でもあり、近隣では習志野市でも導入されております。これであれば、宗教活動の実態を把握することができますので、個人的には今後はこの方向で議論できればと思っております。
 
 次に、周辺住民等への説明及び報告義務に関しては、今まで要綱での運用でしたが、これを条例にはっきりと規定することによって、周辺住民への説明義務を強化するものです。これに関しては、委員からかえって説明すればいいという要件化するだけで本当に強化になるのかという懸念が示されました。これに関しては、同様な規定を条例化している自治体を調査し、その実態を把握しなければならないと思います。

 さらに、共産党さんからは、隣接他都市との境界に建設された場合の問題についても提起されました。

 いずれにしましても、もう少し課題を抽出し、議論を深めていかなければならないと思います。
 次回は、11月25日(金)10時からです。


 次に、第7回議会のあり方検討協議会についてですが、今回は部会の設置について正副委員長試案を提出し、それをたたき台に議論しました。喧々諤々色々と意見が飛び交いましたが、概ね正副委員長試案通り、決することとなりました。

 決定事項は以下のとおりです。

1 部会について       
    ・3部会とする。   
    ・名称及び優先協議事項は下記のとおりとする。

第1部会 議員の身分に関すること
   ・議員定数について
       ・議員報酬について
       ・政務調査費について
第2部会 市民参加の推進に関すること
   ・ 議会広報の充実について
       ・議会報告会等の開催について
       ・議会のIT化について
第3部会 政策立案・政策提言、監視・評価に関すること
   ・政策立案・政策提言について
       ・議員発議による条例について
       ・執行機関の監視・評価について
       
  2 組織構成について       
    (1) 構成人数    
        ・部会は7名で構成する。   
        ・各会派から1名とする。ただし、部会長選出の会派は他に1名を選出する。   
         (市民ネットワーク、みんなの党、無所属はその中で調整して各部会へ1名)        
       
    (2) 部会長等について   
        ・部会長はあり方協議会において、選出会派を決定する。   
        ・副部会長は部会委員の互選による。   
       
    (3) 部会委員について   
        ・協議会委員以外を部会員として認める。   
        ・部会会議への代理出席を認める。   
       
 3 開催時期等について       
     (1)  開催日程は協議事項の進行状況等により各部会の判断に委ねる。     
     (2)  各部会の開催日時はできるだけ重ならないようにする。   
       
  4 傍聴について       
     (1) 議員の傍聴は人数制限なく認める。   
     (2) 市民傍聴は、最大10人程度までとし、使用する会議室により決定する。   
       
  5 その他       
    ・その他、部会の運営に関し必要な事項は、委員長が定める。

 
 そして、第1部会長、第3部会長は自民党から、第2部会長は民主党から選出することが決まりました。
 次回は、11月2日(水)13:30からです。





パラグアイデー
11/10/16

 今日は、午前中に第4回パラグアイフレンドリーカップのフットサル大会の開会式に参加し、昼間にはパラグアイ大使館のカルロス・ヴィダル・ピントス参事官、エステバン・マツオ・ナカヤマ氏と会食し、午後からはパラグアイ共和国独立200周年/千葉市市制施行90周年の記念セレモニー&スペシャル・アルパ・コンサートに参加してきました。
 なぜこんなにパラグアイ三昧かというと千葉市はパラグアイ共和国の首都アスンシオン市と姉妹都市だからです。そして、千葉市にとってノースバングーバー市と並んで、1970年に提携をした最も古い姉妹都市でもあります。そのきっかけはパラグアイ駐在名誉領事より都市提携について熱心な申し出があり、また1968年8月パラグアイ国大統領の就任式へ千葉県選出の代議士(千葉三郎氏?)が日本の特派大使としてパラグアイを訪問したことを機会に提携の気運が高まり、市制施行50周年を記念して姉妹提携の運びとなったようです。
 どうしても姉妹都市の中で最も遠いこともあってこれまではそんなに頻繁に行われていませんでしたが、昨年の姉妹提携40周年の記念すべき年にFIFAワールドカップで日本とパラグアイが対戦し、その時に特命全権大使である豊歳直之閣下をお招きしてきぼーるのアトリウムでパブリックビューイングを行って以来、市としても積極的な交流を意識し始め、昨年の市民の日にもアルパコンサートを開催しております。

 さて、午前中に行われたフットサル大会は、第1回目こそは東京で行われておりましたが、NPO法人千葉スポーツ&ヘルシーサポート協会の熱意により、2回目からは千葉で行われることになりました。それも千葉市がアスンシオン市と姉妹都市だったということがきっかけだったようです。そして、今回から千葉市サッカー協会も協力することになり、4種(小学生)とレディースから各区2チームづつ参加することになった次第です。
 アルパコンサートは、社団法人日本パラグアイ協会と千葉市の主催で行われました。アルパは、パラグアイの民族楽器でハープのような楽器です。お昼に会食したピントス参事官も、サッカーのようなスポーツ交流もいいけど、アルパのようなパラグアイ独自の文化的な交流もできるのが非常に嬉しいと仰っておりました。

 実は全日本アルパコンクールは2年に1回開催されているのですが、その開催地はこの千葉市なんです。つまり、千葉市は日本のアルピスタ(アルパ奏者)にとっては甲子園のような聖地になっているのではないでしょうか。そして、ちょうど今年がコンクールの開催年となっておりまして、来る11月27日(日)13時から青葉の森講演芸術文化ホールで開催されます。よかったら是非足をお運びください。そして、千葉市でももっとアルピスタが増えることを期待しております。

 最後に、参事官や大使からのパラグアイについての話をメモ書きしておきます。

・アスンシオン市のサマニエゴ市長は42歳で活動的な方。赤党の党首の弟にあたる。

・パラグアイは長年赤党が政権与党を担っていたが、直近の選挙で青党に政権交代。65年ぶりのことらしい。(ネット調べたら61年ぶり)

・赤党は、日本でいえば民主党、デモクラティックパーティだそう。(ネットで調べたら、国民共和協会、コロラド党というらしい。青党は真正急進自由党、リベラル党というらしく、他にも少数政党がいくつかある模様。)

・参政権については、知事選挙までは外国人の選挙権がある。被選挙権は市長選挙まで、実際に日本人の市長が出ている。国政選挙に関しては外国人参政権は認めらていない。在外パラグアイ人の選挙権は最近の法律改正で認められた。

・パラグアイは世界でも有数の親日国家。日系人が中央政府や地方政府の要職に結構就いていることからも窺い知れる。

・日本の国交樹立は1919年。最初の入植は1936年。第二次世界大戦で一時中断したが、50年代に再開。現在約9000人の日本人・日系人がいる。

・パラグアイの主要農産物である大豆は、日系人が味噌や醤油を作るために持ち込んだ。それがJAICA等の協力により、品種が改良され、パラグアイの農業を支えてきた。そのため、パラグアイ人は日本に対する感謝の念もあり、また日系人の望郷の思いから、このたびの震災において「100万丁トーフプロジェクト」として100万丁分の原料の大豆と製造加工費を支援した。

・このように日本に対する想いから、是非市制施行100周年にはアスンシオンに来てほしい。大々的に受け入れる。

・サッカーは国民的スポーツ。しかし、ボールすら買えないので、ビニールを丸めて遊んでいたりした。また、グランドもデコボコ。そのため、不規則なボールの動きに対応しなければならないため、ボールの動きを予想するような技術が身に付いた。サッカーの交流も積極的に受け入れたい。

・参事官からはゴルフをしようと誘われた。ゴルフも一部では盛んらしい。アスンシオンにもいくつかゴルフ場があって、史跡を利用したゴルフ場もあるとのこと。

・アニメについては、NARUTO、ワンピース、ドラゴンボールがやっぱり人気。なぜかマジンガーZの話も。その他にも戦隊モノはよく見ていた。特に「宇宙からのメッセンジャー(?)」が人気。ソノダが主役(?)。

・昨年の経済成長率は14.5%と経済発展は目覚ましい。

 

 大体こんな感じです。一度、アスンシオンに行ってみたいと改めて思いました。




地域の絆
11/10/15
 今日は千城台コミュニティセンターのコミュニティ祭りに家族で参加してきました。先般も都賀のコミュニティセンター祭りに参加しましたが、それぞれのサークルの皆さんが頑張っている姿や作品を見ますと、非常にいい刺激を受けます。このような地域のサークル活動を通じて、地域の絆が益々高まることを心から祈念しています。
 さて、娘が着付けサークルの皆さんに七五三の着付けをしてもらっている間に、息子を抱いて各展示室を見学していると色んな人から声をかけられたんですが、皆さんが口を揃えて「私たちの時代は、旦那は一切子育てに関わってこなかったから、こういうのは非常にいいわね。」と仰っておりました。そういえば私の父も母から「孫が出来て初めて育児してるね」と言われていました。
 現在はイクメンという言葉が定着し、夫が育児に関わるのは当たり前になっており、私も何の疑問を持たずに育児に関わっております(正直、あんまり関われていません)が、昔は夫が育児に関わることは少なかったんですね。また、子育て支援施設や施策をあまりない時代に今より多くの子どもを育てていたわけですから、本当に昔のご婦人方には頭が下がる思いです。「昔は結構近所の子も面倒見てたわよ」とも仰っていましたので、まさに地域で子どもを育てる仕組みが出来ていたんでしょう。
 今更、昔のような形に戻すのは現実的でないですが、理想を言えば真に「社会で子どもを育てる」というのはこういうことであって、現金をバラまくことではないということがよくわかります。
 いずれにしても、今後も子育てし易い環境を整備するとともに、地域の絆を深められるような施策展開に努めたいと思います。



千葉市総合交通政策への助言・提言書
11/10/14
  本日は、市長へ「千葉市総合交通政策への助言・提言書」が提出されたとの報告を受けました。
 この提言書を提出したのは、千葉市総合交通政策会議(会長:轟朝幸日本大学教授)で、この会議は市長の付属機関として去年の第1回定例会で設置条例が可決され、昨年8月に第1回会議を開いて以来8回の会議を重ね、今回の提言書を提出する運びとなりました。
 内容と致してましては、「1 千葉市総合交通ビジョン(平成19年策定)の検証」「2 公共交通のガバナンス」「3 交通不便地域と移動交通手段確保のための支援」「4 モノレール」「5 広域交通網」「6 千葉市総合交通ビジョンの推進計画」の6項目から成り立っており、基本的には千葉市総合交通ビジョンの内容は妥当で今後もビジョンの内容を推進してくこととし、新たに「モノレールの車両・設備の更新」「モノレール駅舎への多機能トイレの導入」「地域住民参画型の公共交通」「地域公共交通制度アドバイザー制度の導入」「鉄道駅耐震補強補助」という5施策を追加することを盛り込んでおります。この5項目も目新しいものではなく、具体的には今後提言にあった新たな推進体制によって施策展開をしていくことになっています。
 モノレールについても凍結のままで結論は出さないことになっており、正直、若干歯切れの悪い印象は受けます。ただ、1年ちょっとの議論で、8回程度しか会議を開けなかったことを考えるとこのような結論も致し方ないのかもしれません。そもそも千葉市総合交通ビジョンの方向性がこの提言でも認めている通り、妥当なものであったので、大きく変える必要がないということも提言がドラスティックなものにならなかった要因に挙げられるでしょう。
 個人的には、バスやモノレールの乗り継ぎのシームレスや利用者負担を軽減するため、ゾーン料金制度とかを検討して欲しいと思っております。





千葉市の明るい未来
11/10/13
 今朝は千葉市中央区倫理法人会第600回記念スペシャルモーニングセミナーの講師として、タイトルに書いた「千葉市の明るい未来」という演題で講演して参りました。
 話の流れとしては、私の自己紹介、倫理との出会いでどのようなことを学んだのか、そして本題への導入部分として千葉市の現状を経緯や数字を踏まえて話させて頂き、そして今後の千葉市をどのように持っていきたいかという感じで進めました。
 ともかく言いたかったことは、千葉市のポテンシャルは高く、例えば総合病院も両市立病院をはじめ集積しており、特に大学病院や放医研など専門的な医療施設も多く、これまでにも何度も話してきた「スポーツとアートのまちづくり」を通じて「健康」を重点テーマにすること、成田空港から近く、千葉港という海の玄関口も持ち、幕張メッセという国際的なコンベンション施設を持っていることから、それにカジノを加え、観光や交際的なビジネス交流都市として「国際」都市を目指すとともに、蘇我エコロジーパークの活用や千葉大学とのコラボといったような「環境」もテーマに加え、その頭文字をとって千葉を明るくする「3K」という括りでまちづくりを展開していこうということでした。
 ちょっと前置きが長すぎて肝心なところが短くなり、言いたいことが満足に話せなかったり、若干時間がオーバーしてしまったり、更には私の悪い癖である早口になってしまったりと反省点は多かったですが、とにかく無事に終わったことでホッとしていまるのが正直な思いです。
 選挙で自分の想いを話すのとは全く違い、限られた時間の中でテーマに沿って話すのはやっぱり難しいですね。しかも相手がこういった講演を聞き馴れている経営者の方々ですから、自分の中でのハードルが非常に高くなっていました。また、わざわざ朝早く起きてきて話を聞いて下さるわけですから、来て損した気持ちにはさせたくないという想いも強くありました。
 いずれにしましても、このような機会を与えて下さった千葉市中央区倫理法人会の杉崎会長をはじめ会員各位に感謝申し上げるとともに、朝早くから聞きに来て頂いた皆様に心より御礼申し上げます。
 




幼保格差の是正を
11/10/12

 今日は、昼食だけ外に食べに行きましたが、一日議会で打ち合わせや来客対応に追われました。その中で、社団法人千葉市幼稚園協会と千葉市幼稚園PTA連合会の役員の皆様が来年度の幼稚園関係予算について要望書をお持ち頂いたので紹介します。

 千葉市ではもともと幼稚園は私立が担っており、平成16年に唯一の公立幼稚園だった土気幼稚園が廃止され、全ての幼稚園は私立幼稚園に担って頂いております。

 一方で保育所は公立がメインで、私立保育園にもそれなりの補助金が投入されておりますが、どうしても保育と幼児教育という目的が違うために、子育ての支援施設として様々な格差が生じてきております。

 現在、国の方では「子ども・子育て新システム検討会議」の中で、幼保の一体化議論を進めておりますが、いきなり一体化するのではなく、現状の幼保格差をしっかり認識し、その格差を埋めながらソフトランディングさせていくべきだと思います。

 いずれにしても、頂いた要望書を真摯に受け止め、市当局に改善を要求していきたいと思います。




全国競輪主催地議会議長会役員会
11/10/11
 今日は競輪主催地の議長会の役員会が都内の都市センターホテルで開催されました。本日の議題は、去る7月14日に開催された定期総会において可決承認された平成23年度運動方針に基づく陳情活動の実施についてで、10月27日に開催予定の臨時総会に諮るための事前協議でもあります。
 まずは、陳情先や日程について協議後、陳情書の文案について協議しました。
 1、2項目はこれまで通りのJKA交付金の交付率引き下げと交付金の算定方式を売上ベースから収益ベースへの見直しについてでこれについては何の異論もありませんでした。特に1項目の交付率の引き下げは10年以上も要望してきており、競輪施行者の長年の悲願であります。2項目の算定方法の見直しも19年度から毎年求めているもので、この2つは要望活動の柱と言ってもいいでしょう。
 問題は3項目の車券の払戻率の下限75%から70%への引き下げについてで、この要望については以前も揉めて取り下げた経緯があります。その主な要因というか反対者の主張は、「1つに赤字をファンに転化することにならないか」「2つに施行者と足並みをそろえるべきはないか(施行者も反対意見が多かった)」「3つに交付金との駆け引きの材料に使われるのではないか(払戻率の引き下げで利益を確保するなら、交付金は引き下げなくてもいいのではないかと経産省に主張される恐れがある)」というものであります。
 これに対し、執行部からの回答は、1についてはそもそもファンへの負担を強いることが目的ではなく、競馬のように少額配当になった時には払戻率を80%まで引き上げてファンに還元したり、逆に高額配当が出た時は70%近くまで引き下げさせてもらい調整するという『払戻率の弾力化』を図ることを目的としています。現在のままだと工夫の余地がなく、これ以上の経営改善が難しいということです。そして、施行者にアンケート調査をした結果、この目的であれば賛成するという回答が100%だったようです。ただ、1場だけが条件付きで「あくまで枠の拡大を図るだけなら」ということで、実際に施行するかどうかはしばらく様子見ということでした。この払戻率の引き下げは同じく経産省所管のオートレースでも既に採用されているので、競輪だけが突出することにならないということも反対がなくなった理由にあるそうです。以上のことから、交付金の引き下げとは全く趣旨が異なることから、駆け引きには使われないだろうとのことでした。
 執行部からの説明を受けて、我々も今回の陳情書の文案について承認したところです。正式なものは臨時総会可決後に披露されることになります。
 4項目は抜本的な改革を求める内容、5項目は交付金還付制度の時限的措置が今年度いっぱいで終わるので、自転車競技法改正の適用を来年度から確実に出来るように要望するものです。
 いずれにしても困るのは、所管の経済産業大臣がコロコロ変わることで、陳情活動があんまり効果的でなくなることです。本当に大臣のたらい回しはやめてもらいたいものです。
 施行者側も不断の努力で経営改善に努めておりますので、皆様のご来場をお待ちしております。

 なお、競輪事業の状況については、7月14日のエントリ(←クリック)を参考にして下さい。

 追記:平成24年1月から施行される新開催枠組みを簡単に説明します。選手数を5年間で3割削減することを踏まえ、Fグレードのレース数の削減とこれまでの9車立レースから7車立レースへの切り替えです。これによって、賞金の削減と3連単が当たり易くなるというCS向上が図られ、23年度は約7億円、平成24年度は約46億円のコスト削減に繋がることが試算され、これによって赤字場も減ることも期待されています。



酒井抱一展スタート!
11/10/10
 以前のエントリでも書きましたが、今日から千葉市美術館において「酒井抱一と江戸琳派の全貌」がスタートし、オープニングレセプションに参加してきました。初日ですでにかなりの来館者があり、この企画展への期待が高いことが窺い知れます。
 今回の展覧会の説明については、千葉市美術館のHPから引用します。

 以下、引用です。

 酒井抱一(1761-1828)は、譜代大名・酒井雅楽頭家の二男として江戸に生まれました。文芸を重んじる酒井家の家風を受け、若き日より俳諧や書画をたしなみ、二十代で狂歌や浮世絵などの江戸の市井文化にも手を染めた抱一は、三十七歳で出家して自由な立場に身を置きます。そのころから、宗達、光琳が京都で築いた琳派様式に傾倒し、江戸後期らしい新たな好みや洗練度を加えた、今日「江戸琳派」と呼ばれる新様式を確立していきます。風流で典雅な花鳥画を得意としながらも、風俗画や仏画、吉祥画や俳画などさまざまな主題や作風に対応しうる柔軟性を持ち、多くの文化人との関わりながら、独自の世界を作り上げました。
 抱一の没後も江戸琳派は実に一世紀近く命脈を保ち、特に高弟の鈴木其一(1796-1858)や、池田孤邨(1801-1866)らの幕末期の活躍は、近年大きな注目を浴びているところです。

 本展は、抱一の生誕250年を記念し、代表作の《夏秋草図屏風》(重要文化財)をはじめとする優品の数々や、琳派展の文脈では視野から外されていた多様な作品を新出資料も含め多数紹介し、その画業を回顧します。あわせて、鈴木其一ら後継者たちの個性も紹介し、江戸琳派の流れと近現代まで伏流となって生きつづけるその美意識を探ろうとするものです。
 出品総数は300点以上で、うち抱一作品は約160点、其一作品は約60点です。会期中には二回展示替えを行います。酒井抱一展として過去最大の規模、総合的な江戸琳派展としては初めての機会となります。

 
 私もレセプションが終わった後に一通り見ましたが、展示数が多かったので全部見切れませんでした。またの機会に行きたいと思います。挨拶で、田中一村展を超える来館者数を目指すと公言してしまったので、皆さんも是非足をお運び下さい。期間は、11月13日(日)までです。詳細は、千葉市美術館HPを参考にして下さい。


 追記:個人的な感想ですが、鈴木其一の作品にかなり興味を惹かれました。彼の構図やタッチは私好みです。




ちょっとやりすぎ
11/10/09
 今日も運動会巡りを中心に様々なイベントに顔を出させて頂きました。
 その中で、毎年、この時期に行われる在日本大韓民国民団千葉県地方本部(以下、民団)が主催の「10月マダン」にも参加してきました。しかし、式典の最中に街宣活動によって挨拶はかき消さされ、参加者全員が戸惑いを隠せませんでした。私も挨拶をしましたが、正直、今回の件は気分を害しています。
 今回のイベントの趣旨は、日韓の親善交流が目的で、舞踊、音楽や食を通じて韓国の伝統文化などに直接触れ、相互理解を深めることを狙いとしています。併せて今回は東日本大震災復興チャリティイベントに位置付けており、収益の一部を千葉日報社(予定)を通じて被災地に届けると伺っております。
 たしかに民団そのものは、外国人の地方参政権を求めていますが、今回のイベントは上記の通り、趣旨が違う訳で街宣活動による妨害活動は筋違いと思われます。参加者も一般市民や政治的の意図の薄い在日の方が多いと思います。そういった方々が街宣活動を聞いてどう思うでしょうか。「日本人は排他的だ。」「差別的な扱いを受けた。」という心象をあたえるだけで、全くの逆効果にしかならないと思います。一般市民にどうしても理解してもらたければ、ビラ配り程度に留めるべきだったのではないでしょうか。
 私も外国人参政権には反対の立場をとっておりますが、そのことに関しては民団の方々にも理解を頂いております。それはお互いの主義主張の問題だからということで尊重してもらっているからです。つまり、外国人参政権の問題と日韓の親善は全くの別問題で、民団の代表者からも「まずは膝を突き合わせて話し合いをしなければ何の進展もない」という発言がありましたが、その考えは至極当然のことであります。私が日韓友好親善議員連盟に参加しているのもそういった理由からです。議連を通じて民団の方と意見交換することによって、年々相互理解が深まっていると確信しており、少なくとも千葉支部の方々は個人的には民団本部とも一線を画している印象を持っています。(あくまで個人的な印象ですが。)
 現在の韓流ブームの裏で、嫌韓ムードも高まりを見せており、特にネットの世界では排他性も強くなっていることに対しては若干の危機感を感じております。排他的な右傾化が進むとノルウェーのような事件が起こる可能性があるからです。それに、日本人(民族)の良さというか素晴らしさは何でも受け入れる懐の深さにあると私は思っていますので、その日本人らしさも失われてしまうような気さえします。だからと言って何でも受け入れろと言っているわけでもありません。排他的にならずに大きな度量を持ちながら、根底にはぶれないものを持てというファジー(死語)さや日本人の絶妙なバランス感覚を維持してもらいたいといいたいだけです。
 今回の件は、主義主張は理解できますが、ちょっとやり過ぎだという点でエントリーさせて頂きました。
 
 



郷土愛の醸成~自治体学会のシンポジウムで感じたこと~
11/10/08
 今日は、高杉先生のお祝い会の後に自治体学会のシンポジウムに参加してきました。予定より会が長引いてしまったので、シンポジウムは最後の方しか聞けませんでしたが、色々と考えさせられることが多かったので、行って良かったです。
 特に質疑応答で、「地域に寄り添う職員をどうやって作るのか。」という質問に対し、大森彌先生から「あなたはどう思っているの?そういうことは自分で答えを出しなさい。いの一番の質問をした自分のことを忘れずに、答えを探して行きなさい。」という切り返しはほぼ反則技のような気がしますが、大森先生のユーモアセンスを感じるとともに、真理だなと妙に納得してしまいました。大森先生の講演は全く聞けませんでしたが、これまでも何回か聞いているので、「自治体の政策的自立と職員のあり方」という演題と参加者からの質問の内容から何が言いたかったかはだいたい推察できました。しかも、最近は便利なもので、結構参加者がツイッター等で発信しているので、それも大いに参考になります。
 結局、政策的自立というテーマで話しているわけですから、自分で考えろという切り返しは当然で、他人に答えを求めていたら、一生自立は出来ないわけです。つまり、自治体が自立するためには、職員が自立しないとダメだよという至極簡単なロジックなんだと思います。その上で、「まちづくりに必要なのは、地域をみて回るための目と足。土地の人と話すための口。土地の人の気持ちになりきる心。」という自分で考える上でのベースになる考え方をご指導下さったんではないでしょうか。
 また、その大森先生への質問の中で、「職員が自分の自治体に住むのは実はストレス。職場から離れられないと気が休まらない。」という発言があったのは、職員の本音が垣間見えて、これまた参考になりました。私の持論では、「自治体職員は自分の自治体に住め」というのがあるのですが、こういう心理が根底にあるとそう簡単にはいかなそうですね。
 最近、千葉市の職員には「郷土愛が足りない!」と叱咤しているのですが、その根本的な原因は職員が自分の自治体に住まないということがあると思っています。それを何故感じたかといいますと、以前大分市に視察に行って、大分市の職員と色んな意見交換をさせて頂いた時に、非常に強い郷土愛を感じたのです。聞いてみたら、大分市職員は約9割が市内に在住しているということでした。元々九州の方々は郷土愛が強く、一方、千葉県民の県民性としてあんまり郷土愛を表に出さないというのもあるんでしょうけど、「地方の時代」には益々郷土愛の醸成が政策的に大きなウェイトを占める課題になるわけで、そのためにはまず自治体職員の郷土愛の醸成が欠かせません。それなのに肝心要の職員が市外に流れてしまっては、郷土愛も育たないし、災害時の参集もままならなくなります。家庭の事情とか諸々あるので、全員住めとは言いませんが、さすがに4割程度しか千葉市に住んでいないのは問題です。私は最低5割以上、目標は6割以上は千葉市に住んでもらいたいものです。住宅手当に市内と市外に差をつけるなど、この問題にもしっかり取り組んでいきたいと思っております。



再デビュー
11/10/08
 今日は日頃よりお世話になっている高杉謙先生の歌手再デビューを祝う会に出席してきました。
 高杉先生は、穴川をはじめ千葉市内各地で歌謡教室を大きく展開しており、市内だけでなく成田や南砂町でも教室を持っている人気の歌の先生であります。
 山口県から上京し、北島三郎氏と同じ音楽学校に通い、遠藤実先生の下で、昭和40年にミノルフォンレコード(現・徳間ジャパン)の1期生として勝五郎の名で「ツレツレ節」で歌手デビューされました。以来3枚のシングルを発売しましたが、父親の死をきっかけに引退し、その後、千葉県にて流しを経て、歌謡教室を開設し、現在に至っております。
 しかし、昨年、食道癌を患い、その治療の中で、感じたことを素直に作詞し、歌にした曲「いのち」が周りでも評価され、この度の再デビューに至った次第です。
 まず、驚きなのが抗がん剤と放射線で治療したといえ、普通だったらまだリハビリの段階のはずなのに、まさに驚異的な回復力で以前と遜色のない声量を確保していることです。私の母もがん治療をしましたが、術後8年経つ今でも未だに本調子とは言えない状態ですので、尚更先生の回復力の凄さをはっきりと感じることができます。
 さらに驚きなのが74歳という年齢です。見た目も全然そんな風に見えないぐらい若いですし、体力的も若さが溢れています。普通入院されると一気に老けこむものですが、入院したことを微塵も感じさせません。
 今回の再デビューは、曲も詞もいいんですが、やはり癌を克服したという外的な要因も大いにあると思います。そういう意味でも同じように癌で苦しまれている方々や今回の地震に被災された方々に勇気を与えることができると思いますので、今回の曲がもっと注目されることを期待しています。
 さらに74歳での歌手デビューは、定年退職を迎え、第二の人生をどうしようかと悩んでいる方々にも勇気を与えると思います。
 本当にいい曲ですので、是非皆様もお聞き頂きたいと思います。
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初優勝
11/10/07
 今日は、毎年恒例のグリーンクラブのゴルフコンペに参加し、優勝を致しました。グリーンクラブは、議会のゴルフ部で懇親を主な目的としており、春と秋にコンペを開催しております。
 私は、議員に初当選した当初からグリーンクラブに入部させて頂き、コンペに参加してきましたが、優勝したのは今回が初めてです。今回は参加人数が少なかったですが、何にせよ優勝は嬉しいです。スコア(グロス)はブービーメーカーになった中島先生と一緒だったんですが、新ぺリアの隠しホールがズッポリはまり、ハンディキャップに恵まれたことが勝因です。まさにラッキー以外の何物でもないんですけどね。
 今日はさすがに疲れましたので、この辺で。



ご冥福をお祈り申し上げます。
11/10/06
 元市原市議会議員の鑓田吉徳先生がご逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 鑓田先生は、千葉県地方議員連絡協議会の会長として活躍され、組織の拡大や活動の充実を図り、まさに中興の祖とも言える働きをなさっておりました。
 私が議員に当選したばかりの頃は、まだ衆議院3区に若葉区が含まれていたこともあり、先生と活動することも多く、右も左もわからないような若造に親身になって様々なご指導を賜ったことは本当に懐かしい思い出です。選挙区も分かれ、先生がご勇退されてからは1年に1回会えるかどうかでしたが、会えば必ず心温まるご激励の言葉を下さるような、本当に尊敬できる政治家でした。
 式にご列席されていた方が「政権を奪還する前に亡くなれたのは本人も無念だったはずだ。」と仰ってました。私もそう思います。先生のご遺志に応えるためにも、次回の選挙に必ず勝とうと思った次第です。気合い入れて頑張ります!

追記:アップル社創業者のスティーブ・ジョブ氏の逝去のニュースは、世界中のアップルファンを悲しませました。私は、現在利用中のiPodTouchしかアップル製品を持っていませんが、以前よりMacをはじめとするアップル製品には業界人が使うモノという印象が強く、一種の憧憬の念を抱いていました。iPodTouchだけでも、そのデザイン性や操作性、そして遊び心が充分に感じることができます。彼が今の文化に与えた影響は本当に大きかったと思います。本当に偉大な方を亡くしました。謹んで哀悼の誠を捧げます。



千葉駅西口地区市街地再開発事業特定施設建築物新築工事起工式
11/10/05
 非常に長い題名ですいません。平たく言うと、千葉駅西口の再開発ビル(A棟)の起工式が本日10時より執り行われました。
 この再開発ビルの建築にあたっては、民間事業者の能力を積極的に活用するため、施行者(千葉市)に代わって、民間事業者(特定建築者)が建設を行いビルの一部(保留床)を取得する「特定建築者制度」を導入しています。
 原則的に市街地再開発事業の施設建築物の建築は施行者が自ら行うことになっていますが、施行者の負担を軽減すると同時に民間事業者等の能力の積極的活用を図りつつ市街地再開発事業の円滑化を図るという趣旨から、昭和55年の都市再開発法改正により特定建築者制度が導入され、更に平成11年の同法改正により、保留床を取得する特定建築者が権利床の混在する施設建築物についてもビル全体を整備できるよう、特定建築者制度が拡充されたことより、更に民間事業者の活用がしやすくなったところです。

 さて、前置きが長くなりましたが、このJR千葉駅の西口地区では1990年より再開発事業が進められていましたが、バブル崩壊のあおりを受けて、地権者との交渉が難航し、計画が頓挫しておりました。ようやく地権者とも和解が成立し、2008年度中に再開発ビル建築事業者を選定する予定でしたが、経済情勢の悪化により名乗りを上げていた2社中1社が辞退を表明し、もう1社からも期限までに提案書が提出されずまたもや頓挫。再度2010年に公募をし、やっとの思いで特定建築者が決まったという歴史を振り返ると、本日、こうして起工式を迎えられるというのは感慨一入なのであります。

 千葉駅ビルの建て替えとこの西口再開発ビル(A棟)の建設は、本市の復興の起爆剤になると確信しております。無事の完成を祈るばかりです。

 詳細は西口再開発事務所のHPをご覧ください。





本会議最終日:決算審査特別委員長報告、討論、採決
11/10/04
 本日で平成23年度第3回定例会が終了しました。すでに一般議案については、審議が終わっておりましたが、残りの決算議案について決算審査委員長から審査概要についての報告が行われました。この委員長報告の中で、両分科会から上がってきた指摘要望事項についても述べられました。この指摘要望事項とは、各分科会で複数の議員から指摘があり、かつ反対意見のないものについて分科会の正副主査が取りまとめて、委員に図ったものです。以下、参考までに掲載します。

1 財政については、財政指標が示すとおり、極めて厳しい財政状況にあるため、新地方公会計制度により作成した財務書類を用いて資産、債務、コストを適切に管理し、財政健全化や施設管理に効果的に活用されたい。
2 市税については、多額な滞納繰越額に鑑み、初期滞納への十分な対応を行うとともに、課税客体の実態を把握した市税徴収に努め、徴収率の向上を図られたい。また、償却資産に対する実態調査を行うなど、公平・公正な課税に努められたい。
3 コミュニティセンターの管理運営については、指定管理者制度の導入目的である市民サービスの向上に向け、指定管理者に対する適切な管理、指導を行うとともに、文化施設等の管理運営については、維持管理経費の縮減に努めることにより、利用率の低い施設での効果的な施策展開を図られたい。
4 生活保護については、厳しい経済雇用情勢の中で引き続き受給者の増加が懸念されることから、稼働能力世帯の自立促進に向けた就労支援の体制強化はもとより、保護に至る前段階での生活困窮者に対するきめ細かな対応に取り組まれたい。
  また、地域の交流や人々の結びつきが希薄化していることから、ひとり暮らし高齢者の見守り支援や自殺対策などの取り組みについても十分意を用いられたい。
5 児童相談所については、これまでさまざまな取り組みがなされているが、児童虐待が多様化、深刻化する現状から、事例検討による虐待原因の把握に努めることはもとより、市民に対し家族の絆の重要性を再認識してもらうとともに、地域から孤立させない取り組みを行うなど、関係部局と連携した児童虐待の未然防止策を講じられたい。
6 総合交通施策については、総合交通政策会議での議論等を踏まえながら、交通不便地域におけるコミュニティバスやデマンド交通の導入等への支援をはじめ、鉄道駅バリアフリー化の推進やモノレールのさらなる利用促進に向け、積極的な施策展開を図られたい。

 この委員長報告に対する各会派からの討論が行われました。通告者は以下の通りです。

 ・公明党千葉市議会議員団 近藤千鶴子議員 (賛成) 30分
 ・市民ネットワーク 山田京子議員 (賛成) 30分
 ・日本共産党千葉市議会議員団 福永洋議員 (反対) 50分
 ・未来創造ちば 佐々木久昭議員 (賛成) 30分
 ・自由民主党千葉市議会議員団 川村博章議員 (賛成) 50分
 ・民主党千葉市議会議員団 三ツ井美和香議員 (賛成) 50分


 採決の結果、全ての決算議案は全会一致又は賛成多数で認定され、無事に第3回定例会は閉会しました。第4回定例会は、平成23年11月28日(月)からです。陳情請願などの受付は随時しておりますが、第4回定例会で審査の対象とするためには、11月21日(月)が締め切りとなっています。
 






本会議11日目:市政に関する一般質問⑥
11/10/03
 今日で一般質問が終わりました。過去最高の29人という通告者でしたが、そんなに長く感じませんでした。むしろの個々の質問時間が短かったので、緊張感を維持しながらキビキビとした議会運営ができたような気がします。
 本日の登壇者と通告内容は以下の通りです。

野本 信正 議員(日本共産党千葉市議会議員団) 質問方法:一問一答(1回目から)
 
 1 市庁舎の安全・安心のための耐震対策と分散と狭隘の解消を目指す効率的な市民サービスについて
 2 航空機の騒音と対策について
 3 家具転倒防止金具について
 4 若葉消防署跡地の利用について


山本 直史 議員(未来創造ちば) 質問方法:一問一答(2回目から)

 1 歳出を減らし歳入を増やす方策について
 2 起業家精神の育つ都市について
 3 あんしんケアセンターと地域包括ケアシステムについて


米持 克彦 議員(自由民主党千葉市議会議員団) 質問方法:一括質問

 1 千葉市の目指す都市像について
  (1)海浜幕張地区の施設整備の進捗状況について
 2 震災後の復興状況について
 3 指定管理者制度について
 4 学校統合後の跡地利用について
 5 暴力団排除条例の動向について


向後 保雄 議員(自由民主党千葉市議会議員団) 質問方法:一問一答(2回目から)

 1 税理士による包括外部監査について
 2 観光振興について
 3 介護予防について


櫻井 崇 議員(みんなの党千葉市議団) 質問方法:一問一答(2回目から)

 1 放課後子ども教室について
 2 経済施策について
  (1)特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案について
  (2)幕張新都心魅力向上基礎調査について
  (3)まちに賑わいをもたらす経済振興策について ※質問せず
 3 社会福祉法人に対する指導について


 本会議終了後、直ちに決算審査特別委員会が開催され、文書による分科会報告、各会派からの意見表明が行われ、採決の結果、全ての決算議案は、全会一致もしくは賛成多数で承認されました。



運動会日和
11/10/02
 そんなに天気が良かったわけではありませんが、雨にも降られず、気温も涼しいぐらいだったので、運動会日和といっても差支えないと思います。
 さて、今日は、各地の運動会やイベントに顔を出し、昼前から地元の運動会にも参加しました。近年はうちの自治会にも若手がだいぶ増え、私の出番はめっきり減りました。4年前に骨折したのも考慮されているのかもしれません。(苦笑)それでも4種目にエントリーしたので、結構疲れました。うちの自治会は結局昨年より順位を下げ、6位の成績に終わりましたが、久々に町内対抗リレーの決勝戦に進出して、しかも3位に入賞したので、とても気分がいいです。
 夕方から運動会の打ち上げ、NPO法人アスレチッククラブちばの総会、最後に青少年相談員主催のドッジボール大会の反省会という畳掛けで、運動会の疲れと相俟って結構眠いというのが本音のところです。
 ということで、今日は早めに寝ます。



BAY SIDE JAZZとか科学フェスタとか
11/10/01
 今日から始まる千葉市の大きなイベントが2つあります。
 1つは、BAY SIDE JAZZ 2011 CHIBAで、毎年この時期に行われ、今年で14回目を迎えます。千葉市の姉妹都市であるモントルー市のジャズフェスは世界でも有名ですが、本市のジャズフェスも本場に負けず劣らずクオリティの高いものが気軽に聞くことができるイベントとなっております。
 私自身は、時間の関係上、お昼に千葉市文化センターアートホールで開催された「ふれあい音楽コンサート」(無料)しか参加できませんでしたが、プロのミュージシャンである大原保人ジャズフレンズと中高生の吹奏楽選抜であるスイングフレンズがジャズを楽しむ姿はこのイベントの趣旨に最も適った企画かなぁとしみじみと鑑賞させて頂きました。
 明日はジャズストリート本番です。詳細は、千葉市文化振興財団のHPを参照して下さい。
 ・千葉市文化振興財団 http://www.f-cp.jp/info/kouen.php?serial=1311
 ・千葉市市民局文化振興課 http://www.city.chiba.jp/shimin/seikatsubunka/bunka/baysidejazzchiba_top.html

 もう1つは、今年から始まった千葉市科学フェスタ2011です。このイベントは、千葉市科学都市戦略に基づき、市民の皆さんが、日常生活の中で科学技術を身近に感じることができる、総合的な科学の祭典とし企画されたものです。
 熊谷市長もオープニングイベントのパネルディスカッションでも仰っておりましたが、「どうしても科学のイベントというものは、子どもを対象にしがちだ。しかし、大人が興味を示して日常化しなければ、子どもが興味を持つことはない」ということで、結構大人向けの企画が多くなっているのが特徴とも言えます。
 また、ゲストの大槻名誉教授も「科学を興味を持つには、1回だけ科学館に来てもらうだけでは、仕方がない。授業や塾のように毎週もしくは月1回でも来てもらえるような企画をしなければ子どもは興味を持たない。」と仰ってました。やはりキーワードは恒常化ですね。私も行政職員も常に科学的な思考で行政運営に臨むべきだと指摘させて頂きました。
 このフェスタは、メインイベントが10月8日(土)~10日(月・祝)にきぼーるで開催され、期間としては10月29日までとなっておりますが、期間外も約70ものイベントが用意されておりますので、是非HPを参照にして頂き、ご参加頂ければ幸いです。
・千葉市科学フェスタ http://www.chibashi-science-festa.com/