明日の千葉を見つめて
活動日記
中国(呉江市、天津市)公式訪問2日目
11/10/25

 昨日早く寝たお陰で今朝は早く目が覚めましたので、とりあえず昨日書けなかったブログを書きました。その後、シャワーを浴びて朝食へ。そして、朝食後、軽い運動を兼ねて、近くを散策してきました。

 まず気になったのは歩道の整備状況で、見た目の上ではきちんと整備されていますが、日本のインターロッキングと違って実際歩いてみるとアンジュレーションがすごいです。まあ、石畳だと思えば、そんなに気になりませんが。

 それから、こちらのスクーターの動力はほとんど電気モーターのため、すごく静かで後ろから近づいてきてもわかりません。クラクションをビービー鳴らすのはそういう注意喚起からなんだと思います。ちなみに免許はいらないので、ノーヘルですし、2人乗りは当たり前で、3人乗りしている人も見受けられます。

 車もアグレッシブで、歩行者を優先しようという気はありません。歩行者も堂々と信号無視をしていていつ事故が起きてもおかしくないような気がします。私もぼーっと歩いていたら、今朝の散歩だけでも2回ほどひかれそうになりました。車も頻繁にクラクションを鳴らしますが、車やスクーターなどを抜かすときにクラクションを鳴らすようです。きっとこれも注意喚起の意味ですね。決してせっかちで鳴らしている感じではないです。また信号のない十字路やT字路で鳴らす人もいました。ただ基本的に譲り合う精神は薄いようで、左折する時(大陸なので右側通行)やホテルの入り口で道路を横切ろうとするときは、隙を見て突っ込んでいき、強引に車の流れを止めます。その際にはクラクションで怒られます。(笑)そんなこんなで散歩をしていて景色を見るより、中国の交通事情を観察することに意識がいってしまいました。

 

 まず、9時から呉江市経済技術開発区事務所を訪問。杜建華副主任から説明を受けました。この経済技術開発区は1998年に江蘇省の指定を受けて開発を行ってきましたが、2010年に国家級の指定を受けたそうです。コアとなる産業はIT産業、建機などの製造機器で、今後力を入れていくのが光ファイバーなどの新素材だそうです。市内にはアメリカ、ドイツ、台湾、韓国、日本の工業団地があり、古くからある工業団地は免税になっているところがあります。また、市内には5つの五つ星ホテルがあり、この開発区内にはそのうち3つあるそうです。ちなみに我々が泊っているホテルもその1つです。

 

 次に、日立光電有限公司を視察。まずパワポを用いて、董事総経理(社長)から会社概要について説明。ちなみに社長は園生小、小中台中出身で、親御さんや妹さんも未だに稲毛に住んでいるとのことでした。会社の英文名はHitachiElectronicDevices(Wujiang)Co.Ltdで略称はHEDW(ヘッドダブリュー)、2002年に茂原の日立Displaysと台湾のAUDEXとの外資合弁会社という形で会社が設立されました。従業員数は約860名、出身地の構成を見ると中国全土から来ており、平均年齢も23歳と結構若いです。今年の3月にCCFL生産累計が4億本を達成しましたが、TFT液晶の製造については、エコポイント終了、震災による部品の供給ストップ、LEDの台頭といった様々な要因により減産体制を余儀なくされているそうです。

 この地で会社を設立した理由として、まず電子部品は国際競争力が求められるため、コストを抑えられるような場所で工場を作らざるを得ず、いくつか候補地が挙げられてきましたが、最終的にはパートナーである台湾のAUDEXの存在、そしていわゆる二免三減という5年間の税制のインセンティブがあったことが決め手となったそうです。また、当時は中国では電力供給が不安定でしたが、優先的に供給してもらえるといういことも要因の一つだそうです。

 雇用問題に関しては、労働争議は隣の蘇州ではあったが、呉江では起きなかったようであります。その大きな要因は台湾企業が間に入っていることもあるようです。日本企業だけだとどうしても交渉しやすいということから狙われやすいとのことですが、呉江市は町全体で台湾資本が強いので、労働争議が起きないのではないかということでした。むしろ問題は辞める人が多く、雇用の維持が難しいことだそうです。毎月10%が入れ替わっているようであります。

 日本の産業の空洞化を防ぐには、残すべき産業をしっかり精査して、例えば太陽光発電などとは、設置費用に補助金を出すのではなく、開発段階から支援してコスト競争力を持たせないといけないのではないかという意見も出ました。

 今回、色々な話を伺って、千葉市も企業誘致策にあたっては、単なる税制面の支援だけでなく、進出企業の不安をどう払しょくするか、また競争力をどう持たすことができるか考えなければいけないなと感じました。特に、信用できるビジネスパートナー探しが大変で、そのマッチングも大きな課題だと思います。また、事業の転換点の支援や安定した人材の供給など、もう少し進出企業のニーズ調査を行い、有効な誘致策を展開していってもらいたいものです。

 説明後、工場見学をさせて頂きましたが、あえてオートメーションのフルライン化はしてないようです。結構進出企業が見落としがちなことのようなんですが、日本から最新の設備を入れると結局メンテナンスは日本の技術者がやらなければならないし、初期投資も多額になって全くコスト削減につながらないとのことでした。むしろどうしても必要なところだけ機械化してあとは現地の人に任せる方がフレキシブルな対応もできるし、メンテナンスも現地の人で対応できるし、ラインを全て止める必要もないので、最終的にはコスト削減にもつながるようです。確かに考えてみれば当たり前の話ですが、意外と見落としてしまうのかもしれませんね。こんな感じで少し予定時間をオーバーしてしまいましたが、非常に勉強になりました。

 

 次は、市役所の1階にある都市計画館を訪問。これまでの都市計画や今後の都市計画などを模型や映像を使って説明頂きました。4つの大きな都市計画区域があり、太湖沿岸の松陵地区、南の昔からの盛澤地区、少し小さな黎里地区、同里鎮で有名な同里地区に分かれています。特に松陵地区は新たな新都心の計画で、コンベンションセンターや国家級の迎賓館、ゴルフ場などが計画されているようで、設計は日本の岸和郎事務所が入札で落札したようです。話を聞いているとまだまだ詰めなければいけないところもあるようですが、映像や模型を使っての説明には説得力があり、日本も学ばなければならない点が多くあります。せめてどの都市でもやっているのですが、市民への説明責任を果たすために、今後の千葉市の都市計画がわかるような模型や資料の展示はしてもらいたいものです。

 

 午前中の視察の最後は、呉江市博物館で、時間がないので、4階にある姉妹都市の展示室だけ見学しました。そこには、千葉市だけでなく、呉江市が姉妹都市提携を結んでいる都市の概要や贈呈品が飾ってありました。以前もここを訪問したことがあるのですが、松戸先生はこういう場を千葉市も作ってもっと姉妹都市をアピールすべきだと言っていたのを思い出しました。そんなにお金がかかることではないので、市役所の1階に簡単な展示場を設置してみたらいかがでしょうか。

 

 昼食は、ホテルへ戻り、千葉市主催の答礼レセプションを行い、呉江市からは徐副市長、張副議長、除副議長が参加されました。呉江市は徐という名字が多いみたいですね。いまいち中国の制度がわからなかったのですが、基本的に人民代表常任委員会がいわゆる日本の議会に相当するのですが、主任(議長)や副主任(副議長)は人民政府の要人を終えた人がなるケースが多いとのことです。つまり政府の仕事をよく知っているので、チェック機能を果たすこともできるし、逆にサポートもしているようです。むしろ、後者の方がメインかもしれません。さらによくわからないのが中国人民政治弁商会議というもので、これは共産党ではない野党の組織で、共産党のチェック機関のようです。通訳の説明だと日本の衆議院と参議院みたいなものでどっちが偉いということはないそうなんですが、共産党の天下りが多く、厳密な非共産党連合ではないようです。ということで、あんまり理解はできませんでしたが、いずれにしても私みたいな30代の人間が議長をやるのは相当珍しいみたいですね。

 その他、呉江市の今後の課題について聞いたのですが、やはり一番は環境問題で、張副議長はゴミの問題を、除副議長は水質汚染の問題を取り上げていました。やはり経済発展には環境問題が付き物ですね。それからどうしても食糧問題から畑を確保しなければならないので、開発できる土地が限られてきたことも課題に挙がっていました。具体的な対策は採られていないようですが、今後はこれらの課題解決に一生懸命取り組むとのことでした。

 

 午後は、呉江市の会議センターにおいて、観光関係者への千葉市の観光的な魅力のプレゼンを行いました。23社34名の参加者があり、それなりの興味はあるようですが、プレゼン終了後の質疑応答は誰からも手が挙がりませんでした。課題の一つとして、パワポによる言葉だけの説明だけではどうしても通訳が入り、間延びするとともに、イメージが伝わりにくいということがあります。まずイメージを伝えるにはPRビデオを作成し、映像で見せることが大事だろうと日本側の参加者から意見がでました。私も同感ですので、是非PRビデオの作成をお願いしたいものです。

 

 プレゼン終了後、空き時間を利用し、同里鎮の世界遺産を見学。そして、同里鎮にある同里湖大酒店ホテルで行われるフランス食の祭典開会式に参加しました。この祭典は、呉江市の友好都市フランスのブールゴワン市との共催事業で今年で4回目の事業だそうです。開会式では多くの方から祝辞があったのですが、熊谷市長以外は、フランス語と中国語だけだったので、何を言っているかさっぱりわかりませんでした。 開会式終了後、音楽とフランス料理を堪能したのですが、やっぱり呉江の人たちは、昨日の引き続きカンぺカンぺの熱烈歓待で今度はワイン攻めに遭いました。ワインは初期化しにくいのでつらいです。

 ちなみに私の前に座っていたのは、ブールゴワン市のジョセフさんで、どうもこの方が仕掛け人のようです。しかし、フランス語→中国語→日本語の二重通訳なので、いまいち会話が弾みませんでした。せめて英語ぐらいはしっかり話せるようになりたいものです。

 わかったことは、ブールゴワン市もシルクの産地でそのつながりで呉江市と友好都市になったこと、ジェセフさんはアートと食の関連の専門学校の経営者で、今回の事業のために卒業生や生徒を引き連れてきたということだけです。すいません。

 

 ホテルに戻ってからは、ホテルのオーナーの張氏との意見交換を行いました。張さんはロス在住の台湾人(国籍はアメリカ)で、本職は靴屋さんなんですが、ホテルを6つ経営し、その他にも広東料理屋や家具屋などを経営する多角経営者です。日本が大好きで、日本で水耕栽培をやりたいと我々に申し出てきました。色々とハードルは高そうですが、張氏の発想やバイタリティに敬意を表し、少しでも協力できればと思っております。

 

 そんなこんなで2日目も無事(?)終了しました。