明日の千葉を見つめて
活動日記
相馬と千葉は兄弟
11/11/25

 17時から千葉市文化センターで開催された命の大切さを考える私の未来の会主催の東日本大震災復興支援講演会に参加してきました。
 この講演会は、主催団体が相馬市に震災ボランティアに行った際に、相馬の方々から「かつての兄弟だった千葉のみんなが助けに来てくれた」という声を聞いて、初めて千葉と相馬が縁が深いことを知り、もっと千葉の方々にこのことを知ってもらい、支援を広げたいという想いから企画されたものであります。
 
 石橋山の戦いで敗れた源頼朝を助けた豪族・千葉常胤には、7人の息子がいて、千葉氏の家督は長男の胤正が継ぎ、二男の師常が相馬郡(現在の柏・我孫子・守谷辺り)を、三男が武石、四男が大須賀、五男が国分、六男が東野に分家し、七男は出家したとのことです。師常が継いだ相馬氏は平将門の子孫の家系ということで、現在の相馬氏33代目は、むしろ(将門から数えて)44代目だと名乗っているそうです。そして、奥州征伐の後に、師常が現在の相馬辺りを分け与えられたとのことでした。
 以来、相馬家が相馬の地を治めていたので、結構千葉氏ゆかりのものが多くあります。その典型が妙見信仰で、中村神社や歓喜寺は妙見様を祀っています。相馬家の家紋も九曜紋で、妙見信仰のシンボルです。
 余談ですが、相馬の人は成田山新勝寺には参拝しないようです。ご存じの通り、新勝寺は、将門を調伏するために朱雀天皇によって建立された寺院でありますから、将門由来の地である相馬にとっても因縁の寺院となるわけです。
 
 そんなこんなで、相馬の人は学校などで、千葉とのつながりを勉強しているそうで、多くの人が千葉氏のことを知っているようです。私も今回の企画でこのことを初めて知りましたが、折角このような機会を得たので、もう少し勉強したいと思いますし、一度相馬を訪れてみようかと思います。