明日の千葉を見つめて
活動日記
建国記念日の重要性
12/02/11

 今日は、紀元節、神武天皇が橿原宮で即位された日であります。各地で建国記念の日を祝う県民の集いが開催され、我が千葉県は千葉市民会館で行われました。私も都合がつく限り毎年参加しております。今年も第一部には間に合いませんでしたが、第二部の記念講演には何とか間に合い、明治天皇の玄孫にあたる慶応大学講師の竹田恒泰氏の「日本人にとって建国記念日とはなにか~現存する世界最古の国家の意義について考える~」という講演を聞くことができました。
 竹田氏の話は、非常に判り易く、内容的にも我々保守系の人間にとってはいちいち御尤もで、来館者全員がうなずきながら、時には賛同の拍手をもって、講演を聴き入っておりました。
 私もすっかり忘れていたのですが、今年は古事記編纂1300年の記念の年だったんです。ご存じの通り、古事記は日本最古の歴史書であります。古事記編纂の8年後に完成した日本書紀は正史、つまり公式の歴史書で、古事記は準公式テキストと言えます。用途は、日本書紀は対外的な目的のため、全て漢文編年体で、当時の中国人がそのまま読めるものでしたが、古事記は謂わば国内向きで、漢文に加え、万葉漢字も入っており、当時の中国人がそのまま読めないものとなっているそうです。竹田氏は、国家の構成要件は、「「自然観」「生死観」「国家観」にあるといい、古事記を読めば、日本人の「自然観」「生死観」「国家観」というものがわかるようになるとのことです。とりわけ、今の日本にはこの「国家観」というのが欠落していると述べておりました。
 古事記は歴史書とはいえ、どうしても史実とは思えないような神話が多く、事実ではないからという理由で、歴史教育の中で古事記の内容について触れることがありません。しかし、竹田氏は、そんなことはどうでもいいことと切って捨てます。それは、「聖書」や「コーラン」に置き換えて考えれば、解り易いと述べ、例えば、マリア様の処女懐胎を否定して、「イエスには人間の父がいた」と否定しても意味がないのと一緒だと。だから、神武天皇が橿原宮で即位したことは「真実」であって「事実」であるかどうかはさして重要な問題ではないと力強く述べました。
 竹田氏は、歴史家トインビーの「12、3歳までに民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅びている」との言葉を引用し、民族の神話を教えない現状をいかに危険な状態か述べ、古事記完成1300年の前年に東日本大震災が起きたことは何か意味のあることだと力説しました。(石原都知事は天罰という表現を使いましたが、天罰は終わりの言葉で、竹田氏は神からの注意という表現を使っていました。)たしかに、震災前と震災後では、「絆」という言葉に象徴されるように、たしかに「日本人らしさ」ということが再度見直されつつあります。
 また、竹田氏は、震災の前に新燃岳が噴火したことも意味があると仰っていました。新燃岳は霧島連山の中央に位置する火山で、霧島連山は、天孫降臨の地である霊峰高千穂がある我が国にとって重要な場所であります。その新燃岳が噴火したことは、神話を学んだ人間なら、誰しも何かの悪い予兆ではないかと感じたはずだといいます。
 そもそも今の歴史教育は、建国の歴史を教えないことが問題であるとも述べ、子ども達に「日本が世界最古の国である」ということをちゃんと教えれば、日本人に生まれてよかったと思い、歴史がどんどん好きになるはずだと。今の歴史教育は、日本を嫌いにしようとしか思えないと述べ、世界最古の磨製石器も日本で出土したことも書かれていないことも問題視しています。さらに稲作のルーツも朝鮮半島を通じて伝来したと日本の歴史教育では教えていますが、日本の水田より古い水田は朝鮮半島で発見されていないことから、伝来ルートは違うというのは定説になっているのに、未だにそのことは触れていないことも問題だと仰ってます。
 ちなみに、日本が最古の国家である所以は、建国の精神が素晴らしいからだとも仰っていました。実は、様々な遺跡を見ても、弥生時代に大きな戦争をした跡が発見されないことから、恐らく大和朝廷は武力による統合ではなく、各地大王(おおきみ)のゆるい連合体だったのではないかと考えられます。神話の中でも、国譲り物語があるが、この話も実際にあったものと考えられ、このこのことは宗教の自由も認めていたことにも通じると主張しています。(※出雲は違う宗教)
 いずれにしても、このような話を聞いて、歴史教科書の改善運動も引き続き展開していかなければならないと感じた次第です。
 
 この他にも、竹田氏は憲法学者の肩書もあり、取り合わけ憲法第1条の研究者だけあって、非常に面白いことを仰ってました。各国の憲法第1条を読めば、その国がどんな国かよくわかると。例えば、アメリカ合衆国は、「この憲法によって与えられる立法権は、すべて合衆国連邦議会に付与される。連邦議会は、上院及び下院によって構成される。」と明記されております。つまり、アメリカは議会制民主国家なのだということです。また、お隣の中国は「中華人民共和国は、労働者階級が領導する、労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。社会主義制度は、中華人民共和国の基本制度である。如何なる組織もまた個人による社会主義の破壊も、これを禁止する。」と明記されており、諸外国に何と言われようと、googleを禁止したり、ウイグルやチベットを弾圧することは中国の憲法上、是とされているのです。
 では、我が国はどうかというとご存じのとおり、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」とあり、「我が国は・・・」で始まるのが一般的なところ、「天皇は・・・」とまずは天皇の位置づけから入っていることから、天皇を中心とする民主国家であると規定しているのであります。これは、竹田氏曰く「大日本帝国憲法第1条『大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス』と意味は同じだ」と。ちなみに条文は、日本書紀の『万世一系ノ天皇之ヲシラス』から引用しており、大日本帝国憲法の起草に参加した井上毅が『シラス』を現代語の『統治ス』に置き換えたようであります。ただ、『統治ス』は権力を行使するという意味でなく、あくまで権威の象徴であり、大日本帝国憲法下でもポツダム宣言の受諾以外、天皇が直接権力を行使したことはありません。これは歴史を振り返っても、天皇が直接権力を行使した事実は数えるほどしかないことから、我が国は古来から天皇を中心とした民主国家であったと言えます。この主張の後、竹田氏は「選挙をしなくても民主国家であり得るし、世界を見渡せば選挙をしても民主国家ではない国家はたくさんある」という指摘をし、私は非常に興味深く聞かせて頂きました。

 そういえば、聖徳太子の17カ条の憲法は第1条には「和を以て貴しとなす」とありますが、これも日本が民主的な国家であったことの表れでしょうね。
 今回の話は本当に判り易く、110分にもわたる講演でしたが、飽きずに聞かせて頂きました。本当に日本が国家として機能するためにも、建国記念日をもっと重要視しなければなりません。そんなことを感じた今日一日でした。