明日の千葉を見つめて
活動日記
オリンピズムと日本の誇り
12/03/26

 今日、カンボジア国籍を取得しロンドン五輪の男子マラソン代表に決定したタレントの猫ひろし氏が都内で報告会見を行ったとの報道がありました。

 猫ひろし氏の国籍変更してのオリンピック参加には各界各地で賛否両論があるようですが、私自身も若干の疑問を持っています。

 そもそも国籍を変更して日本代表になるというのは、サッカーではラモス瑠偉選手をはじめ、呂比須ワグナー選手、三都主アレサンドロ選手、田中マルクス闘莉王などたくさんいますし、オリンピック代表も女子ソフトボールの宇津木麗華選手や卓球の小山ちれ選手など、全部は調べられませんが、たくさんいると思いますし、逆にアメリカ国籍を取得してフィギュアスケートの代表になった選手もいましたので、大した問題とは捉えていませんでした。

 しかし、たまたま手にした3月17日号の週刊現代に、作家の曽野綾子氏の記事が載っており、それを読んでからは、この問題に非常に興味を持ち始めました。

 この問題は、法的な問題というか、いわゆる道徳や倫理といった精神的な問題だと思います。ですから、正しい、正しくないは個々の考え方によるものだと思いますので、どっちの意見がいいとか悪いとか白黒つけるものでもないと思います。ただ、今回の件をスルーしてしまうと日本人として何か誇り的なものを失ってしまうのではないかと思い、敢えてエントリを起こした次第です。

 近代オリンピックの提唱者は、後に「近代オリンピックの父」と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵でありますが、クーベルタン男爵が唱えたオリンピズムを具現化するために、オリンピック委員会で採択されたのがオリンピック憲章であります。実は、このオリンピック憲章の中には、「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。」ということが明記されており、国別のメダルランキング表の作成を禁止しています。このことから、国籍変更については、このオリンピックの精神からは問題ないものと言えます。

 ただ、これを簡単に認めてしまうと、例えば中国の卓球のトップレベルの選手が各国に散らばってしまったら、自国の選手が全然代表になれないという事態も起きかねません。そこで、国籍の変更もしくは取得の3年後までは新しい国を代表してオリンピック競技大会に参加してはならないという規定も憲章には明記されています。

 ただ本当にクーベルタン男爵は、このような考えで、オリンピックを復活させたのでしょうか?選手間の競争であるなら、最初から国別の選考制度にせず、記録が上の順から出場枠を決めた方がいいのではないですか?私はやっぱり国民意識の醸成が目的にあり、平和を標榜するオリンピックで、あまり過熱し過ぎないように国家間の競争ではないと唱っているのではないかと思っております。


 さて、本題に戻りますが、猫氏の問題とこれまでの帰化選手の問題は何かが違うのでしょうか?

 一番の問題は、オリンピックの標準記録に達していないこと、さらにその国に特別に与えられた標準記録に達していない選手を出場させることができる枠(いわゆる特別枠とか大陸枠とか呼ばれるもの)を使っていることだと思います。

 前者については、そもそもオリンピックに出れるレベルの選手ではないということになります。様々な事情で自国で出場できない選手が、他の国に帰化してでも出たいということは大いにわかりますが、オリンピックに出場できるようなレベルじゃないということは何のために出るのかということです。私はこれはオリンピックを目指して一生懸命大会に挑んでいる選手たちへの冒涜にもなるのではないかと思っています。(恐らく当の選手たちのほとんどは、今回の問題について関心ないというか、関係ないと思っていると思いますが。)

 そして、その国の事情によってその競技が盛んではない国でもオリンピックに出場することができる特別枠を帰化した選手が使うことに対する違和感です。恐らく、それぞれの競技では、クールランニングのボブスレーのように少しでも競技を普及させたいということで、オリンピック委員会に掛け合い、このような特別枠を設けたのだと思いますが、その枠を自国の選手ではない人がさらっていったら、この特別枠の精神が死んでしまうような気がします。

 これによって、一生懸命カンボジアで頑張っていた選手の枠がつぶれてしまったと考えると非常に残念でなりません。

 恐らくカンボジアという国は陸上そのものが全く盛んではなく、国民の関心が低いのでしょう。だから、大きな問題になっていないのかもしれません。

 また、猫ひろし氏自身も凄い努力しているということは評価しております。

 ただ日本人として、このような方法でオリンピックに出ることを手放しで喜べるでしょうか?私は喜べません。日本の恥を世界にさらすようなものです。(といっても、世界はこの問題を大した問題とは捉えないでしょうが。)

 やはり日本人として誇りに思えないものは謹んで貰いたいと思うのが本音であり、このような方法でオリンピックに出ようが本人の自由で誰にも迷惑かけないことだからといって、何の意見も言わず、スルーしてしまったら、自浄作用が全くなくなってしまいます。

 もし、猫ひろし氏がこのままカンボジア代表としてオリンピックにでるのあれば、カンボジアの陸上競技振興のために今後も努力してもらいたいと思います。そして、カンボジアの方々が猫氏が本当に代表で良かったと思えるよう、今後の活躍に期待したいと思います。それがひいては日本の誇りにもつながると思いますから。

 

 今日は、ちょっと活動からそれたエントリになってしまいました。申し訳ございません。