明日の千葉を見つめて
活動日記
時代はJOMON
12/06/30

 とうとう来ました三内丸山遺跡!
 平成6年の遺跡全体の保存が決定して以来、いつかは見に行きたいと思っていた遺跡であり、また、加曽利貝塚の世界遺産登録を目指すというムーブメント(?)に身を投じてからは、ライバルというよりある意味憧憬や羨望の眼差しで動向を注視していた縄文の時代の遺跡であります。
sanmaru-zentai.JPG
 
 今回、視察の対応をしてくださったのは、青森県教育庁文化財保護課三内丸山遺跡保存活用推進室の主幹(サブマネ)の方です。非常に丁寧に説明して下さり、ありがとうございました。

 まず、保存に至る経緯を説明して頂きました。
 三内丸山遺跡はすでに江戸時代から知られておったようですが、学術的な調査が始まったのは、昭和28年からで、その後も幾度となく調査はされていました。
 何と言っても、三内丸山遺跡が注目されるようになったのは、平成4年度から始まった県営野球場建設に先立つ発掘調査で、前例のない巨大な集落跡が姿をあらわし、さらに膨大な量の土器や石器などの生活関連遺物や土偶などの祭祀遺物が出土したことからでした。そして、平成6年7月、直径約1メートルのクリの巨木を使った縄文時代中期の大型掘立柱建物跡の発見をきっかけに、遺跡の保存を求める声が沸き上がったのです。
 このような世論の高まる中で、青森県は遺跡の重要性を考慮し、途中まで進めていた野球場の建設工事を即時中止し、遺跡の永久保存と活用を決定しました。そして、今後の遺跡の保存・活用のため、平成7年1月には県教育委員会に三内丸山遺跡対策室が、県土木部には公園整備推進室が設置されました。
 平成7年度から史跡指定のための、範囲確認調査・試掘調査を行い、平行して短期整備が進められ、平成9年3月には国史跡の指定を受けました。
 そして平成12年11月24日、三内丸山遺跡は遺跡の国宝と言うべき特別史跡に指定されました。縄文遺跡としては44年振りで、3番目の指定となります。 さらに、 平成15年には、三内丸山遺跡の出土遺物1,958点が重要文化財に指定されたのであります。
 現在でも、三内丸山遺跡では、遺跡の解明と整備・活用を円滑に進めるために、三内丸山遺跡対策室が毎年継続して発掘調査を行っています。(現在は第36次調査で「西盛土」とその周辺を調査しています。「西盛土」は遺跡内にある盛土の中で最も規模が大きく、昨年の調査では子どもの墓や火を焚いた跡も確認されています。写真は発掘の様子です。)
sannmaru-hakutsu2.JPG
sanmaru-hakkutsu.JPG
 一方、ハード面の整備も合わせて行っています。平成7年4月から、保存のために一時埋め戻した遺構の再公開と仮展示室の整備を行い、8月には遺物展示や映写室、整理室等を併設した展示室を建設し、公開を開始しました。
 また、遺跡の特徴的な遺構の実物を見学してもらうために、遺構の保存処理や空調施設を完備した覆い屋を設置し、通年での見学が可能となりました。
 さらに、竪穴住居5棟、大型竪穴住居(ロングハウス)1棟、高床建物3棟、大型掘立柱建物1棟の建物復元を行い、他に利便施設として休憩所、駐車場も整備されました。(写真は大型掘立建物の復元)
sanmaru-horitatehashira.JPG
 平成14年11月30日には、三内丸山遺跡のビジターセンターとして「縄文時遊館」がオープン。ミュージアムショップやレストランも併設されており、物産やおみやげ品の販売もしています。
 直近では、平成22年に、縄文時遊館の「縄文ギャラリー」を改修し、重要文化財などを展示可能な「さんまるミュージアム」をオープンしました。
 このように、三内丸山遺跡は、クリの巨木を使った縄文時代中期の大型掘立柱建物跡の発見をきっかけに、ハード・ソフト両面から整備が短期間のうちに進んでいます。
 残念ながら、我らが加曽利貝塚は近年センセーショナルな発見がないため、ほとんど世間の注目を集めていません。現在は、今ある資料の整理を行っていますが、是非この調査期間中に世間を驚かすような発見をしてもらいたいものです。
 
 一方、三内丸山遺跡も課題がないわけではありません。一つは、見学者数の推移であります。一番のピークは、発見されてから国指定を受けた平成9年で56万超の方々が三内丸山遺跡を訪れていますが、その後、漸次減少し、時遊館のオープンと東北新幹線八戸駅が開業した翌年の平成15年に47万人超と若干持ち直したものの、近年では、約31万~33万人あたりで推移しています。加曽利貝塚格物館のピークが7万3千人ですから、まだまだ多くて羨ましい状態ですが、とはいえ訪問者の減少傾向は何とか歯止めをかけないといけないということで、課題として説明して下さいました。
 もう一つの課題が、これもわが加曽利貝塚と同様で、行政の縦割りの弊害で所管が跨っていることです。全体的には公園なので県土整備部が管理しており、縄文時遊館も設立当初は公園センターとしての位置づけでした。ただこれも何とか解決しようと平成22年のリニューアルオープン時に展示施設として位置づけし、教育委員会の所管に変更しています。この辺りは、本市も大いに学ぶべきであり、縦割りを解消するように努めてもらいたいものです。

 その後、遺跡の見学を行いました。遺跡内には、様々な建物が復元されており、それだけでも非常にわかりやすい感じがしました。ただやっぱり茅葺、樹皮葺、土葺の竪穴式住居は、どうしても張替えをしなければならず、非常にお金と手間がかかると頭を痛めていたのは、本市と同じ悩みだと同情しました。その解決策として、市民の力を活用しようとするのはどこも同じですね。三内丸山遺跡では、縄文講座の一環として縄文の家づくりに取り組んでおります。今年は土葺の住居を復元するようです。
 この他にも「JOMONグルメコンテスト チャレンジ!縄文クッキング~縄文料理はこんなにおいしい~」という出土した食材や青森県産の食材を活用したレシピを募集する取り組みもしています。グランプリ受賞者は時遊館内のレストラン五千年の星のメニューに採用されるそうです。
 衣類の貸し出しもしており、非常に参考になる取り組みが多いです。
sanmaru-jomonhuku.JPG

 一通り、遺跡や施設を見学させて頂きましたが、何と言ってもこの看板が目に飛び込んだ時、我々も負けてられないという気持ちが湧いてきました。
sanmaru-sekaiisan.JPG
 現在、この三内丸山遺跡を含む「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」は、その価値が認められ、2009年に世界遺産候補として、暫定リスト入りを果たしました。完全に一歩どころか二歩も三歩も、いや百歩以上リードされていますが、我々も負けじと世界遺産を目指したいと思います。そのためには、まずは特別史跡指定を目指します。(一番の近道は、北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群を拡大してもらい、東日本縄文遺跡群として加曽利貝塚を中心とした関東の遺跡群も仲間に入れてもらうことでしょうね。いずれにしても、特別史跡の指定を受けないとその中でも埋没してしまいます。)
 また、一番重要なのは地元の協力です。中心市街地を見学しているときに見つけたのですが、千葉でもこの写真に写っているような取り組みをしてもらいたいものですね。
jomon-stamp.JPG
 縄文時代の遺跡は日本が誇る貴重な文化です。もっともっとこれらの遺跡の重要性を訴えていきたいと思います。